7/07/2018

7. July



Lanternamuzicaのよく間違えるzとs cとk。

広島在住ということで大雨の心配の言葉をいただいた。
こちらは大丈夫。
ただ昨日の移動で使ったバスが通った道。
後で報道をチェックするとその晩に川に流されて消えていた。ぞっ。
道がどれもないので東からの荷はしばらく届かない。
宅急便が使えないとなると困るな。

7/01/2018

7月のランテルナムジカ





7月。

ランテルナムジカのライブがまた近づいてきた。
せとうちで2カ所 (倉敷と尾道)。

でも倉敷のライブは売り切れになってしまった。

Lanternamuzica

*

ブログの掲載順番を考えると難しく思ってしまってまだ載せられていないけど(モウスグノセル)
以下の公演も決まっている。


9/15(sat) nicolas 「不注意が働いて」  ●  san-cha, tokyo

9/16(sun) shozo音楽室 「The lantern man’s song」  ▲    kuroiso,  tochigi

9/30(sun)えびの市文化センター   ■      ebino, miyazaki


6/30/2018

30. June


今年の前半は阿蘇や松本に行ってきれいな泉を見た。
ああ、泉の傍に住みたいなあ。
と思うけど、こうしてそこから遠くにいるのも悪くない。

もし、自分の心の奥に泉がこんこんと湧いていたら、といつも妄想する。
僕は草むらをかきわけて毎日そこまで行ってその泉の水を汲むような感じで絵を描きたい。
冷たくて澄んだ水。
本橋成一さんの映画の「アレクセイと泉」で描かれていたように遠い過去と繫がっている水。
出来るならそうして描きあげた絵を誰かに見ていただきたい。

だれもが自分こそはおいしい泉の水が飲みたいと願いながら他人にはこっそりと水道の水をペットボトルに詰めて売りつけているというような、そういう世の中になってしまったのは何故なんだろうと考えている。
僕は何となくどうしてなのかわかるような気がする。
とても絵を描くことにも関係が深い。
でも今ここには書かないでおこうと思う。

ところで、目の前に見える風景というのは考えてみたら過去の運動の結果がかたちになったものなのではないか。だから過去がこうして作りあげた風景というのはひとつの亡骸のようなものと言えるかもしれない。
亡骸の山がひとつの不思議と美しい景色を作り上げる。
それはただ安易にエンジョイしてはいけない感じがしないか。
その、目の前の景色というものは。

だから僕は世界を楽しむその前にためらいのような感覚が欲しいと思っている。
シャッターを押す前にいいんだろうか。と自分の心に聞くような。
ページをめくるまえにいいんだろうか。
そしてもちろん、絵を描きすすめながらもそうする。
そういう感じだ。
ためらいがあるほうが案外思わぬ所にジャンプ出来る。かも。



6/12/2018

「ぼくとたいようのふね」


「ぼくとたいようのふね」
2018 BL出版 1500yen+tax

新しい絵本はふねの本。
久しぶりにストーリーも書いた。

真夜中に始まるという点では「よるのむこう(2013)」と兄弟のような絵本。
この表紙の男の子の持ってるランタン風の舟。
これが何の説明もなく登場しているという。
この舟は出雲の郷土玩具のランタン舟がヒントなんだけど
男の子が町の祭りか何かで買って来たんだろうね。

と、他人事のように書いているけど物語の登場人物というものはもう絵本の中で勝手に行動するもの。そして物語の周りには無数の物語が当然のようにあって、それを感じさせる絵本をこれからは意識的に作りたいと思った。

木靴のような舟の形体は運河なんかで見られるナローボート。この形が好きで木の立体作品として舟を展示したことがあった。それを見てくれた編集の筒井さんが舟の絵本をつくりませんかーって。
いいよねーと言っておきながらやっぱり3年くらいかかっちゃった。
ごめんなさい。

表紙にあしらってくれたデザイナーの椎名麻美さんの書体が可愛い。
編集は上述の通り筒井大介さん。

今回はおはなしの終わり方がちょっと気に入ってる。

ぜひよろしく。

6/08/2018

8.june

このころ考えていたことは、絵を描く人の糧について。
(糧という言葉はちょっと素敵だなと思っている。宮沢賢治のおかげだろうか。カテ。音がきれい。)
作品の発表の後の世間の反応とか、お金とか、絵を描くことの到達点にはいろんな目的があるだろうけど、それは果たして到達点だろうか。
そしてそれは糧になりうるのだろうか。
僕は違うと思う。
絵を描く人の糧とはまさに絵が描けるんだぞーというそのこと自体だ。
目的地は中継地に接続される。
その無限ループのような回路がぐるぐると絵に力を与えた。

このインスタグラム時代であれ、お金ではない、評価の数ではない、と時にはムリして強がって見せることも自分に言い聞かせる意味でも必要ではないか。
青い画学生の発言そのものでごめんなさい。

などと難しい顔をしてあれこれ宿題のカットを書いていると新しい絵本が届いた。
「ぼくとたいようのふね」
この絵本について近々書こうと思う。(今日じゃないんかい)

5/28/2018

28. May


blackbird booksに絵を送った。

今回はオリジナル作品としてペン画を描いてみた。
花森安治さんの絵を長年傍らで見ておられた暮しの手帖社のある方に教わったペンで。
花森さんは決してペン先を捨てなかったんだね。とその方は言っておられた。
今はなんとなくその理由がわかる。摩耗したペンのそれぞれの個性がいとしい。

いちど外出して作業場に戻るとペンが机からころがり落ちて床に刺さっていた。
これにはどきりとさせられる。
数年に一度これがある。
これも一つの時計だろうか。
そのペン、描けなくなったかなと思ったら描けた。

巡回原画展である「窓から見える世界の風」も複数会場で見て下さっている方もおられる。
そんな方たちへの花束として。







5/21/2018

「もしも絵が言葉であるとしたら」


blackbirdbooks

『はじまりが見える 世界の神話』
阿部海太 原画展 5/8-5/27

『窓から見える世界の神話』
nakaban 原画展 5/29-6/17

阿部海太さんとトーク。

5/20/2018

20.May

今日はREADAN DEATの「窓から見える世界の風」展示最終日。在廊予定。
それこそ窓から景色と風を見ながら絵を描いたりお客さまとお話したりする時間にしたい。いい天気だよ。

5/16/2018

16.May

東京にいてあちこち打ち合わせ、仕事してるふりを。
合間に蕎麦を5分で食べたりDコーヒーで2時間読書などしながら。

辞書を持ち歩くのが好きで昔の漢字辞典や貿易用語辞典などを鞄に入れている。
今はフランス語の語源辞典dictionnaire étymologiqueを。
これはとても面白くて最低限の情報から却って文化、風習、地形が映像になって浮かび上がってくるかのよう。
言葉はすごい。そして辞典はとても重たい。

さて今日は風が強い。五月の風。
明日は広島 readandeatで風の本「窓から見える世界の風」のトークが。
風の本も辞典的な要素があり旅人さんに持ち歩いて欲しいと張り切って作った本。

5/17(木)トークイベント「風に想いを馳せてみる」

著者である気象学者・福島あずささんと画家・nakabanさん、この本を担当した編集者・内貴麻美さんをお招きしてトークイベントを行います。福島さんによる世界の風のお話に交えながらそれぞれの視点で本書の魅力に迫ります。

5/14/2018

松本から

本・中川で展覧会「夜明けまでにはまだ時間がある」開催中。
6月3日まで。
salon & salonでのライブも楽しかった。
植田さんのギターと夕暮れ時の優しい光が相まって開け放った窓からは町の音も聞こえてきて。
久しぶりの人にもたくさん会えた。
湧き水もこんこんと湧いていてちょっと飲んでみたり。
松本はやっぱりいいところ。