9/22/2021

22. Septembre



mRNAワクチンを打つと遺伝子組み替え人間になってしまうかも?

という一般人の心配は「センモンカ」に早々に冷笑的に否定されて、あのワクチンは世界中で打たれまくった。
しかし素人の予感が当たるかもしれないこともあるわけで、ここにきてRNAの逆転写が本当である可能性が出てきたようだ。

ヒトRNA逆転写酵素シータ 
https://youtu.be/mgJRvptJqSU

RNAの逆転写が起こると一時的な傭兵のはずだった、スパイク・プロテインその他公開されていない何かがずっと体に居座ってしまうかもしれない。

「そんなことあるわけない」
そう断定したその時点で、その人物は科学を捨てて政治と商売の下僕に成り下がっていると疑われても仕方がない。

聞いたところではフランスなんかではワクチン10回分のスタンプ帖があるらしい。
ワクチン接種を終えたひとも「まだ」1回2回なのでこれ以上は打たない方がいいんじゃないかな?


9/15/2021

「ダーラナのひ」

 


11月にできる絵本(偕成社:刊)で、いまは色校正をしているところ。
この「ダーラナのひ」は焚き火の絵本。

焚き火という主題に導かれ、心に去来する物語を書きとめながら、自分がほんとうに願っていたことがらに触れたと思った。その願いのコレクションは、もし誰かほかのひとなら、きっと笑ってしまうくらいに地味なものの集合体で、でもそれは確かに自分にとってなくてはならないものという手触りであったのだ。そういうものを可能な限り絵本に書(描)きたいと思った。

さて、ダーラナの焚き火のことを、絵を描きながら追体験しただけでも、涙目になるようなあの煙たい灰にさらされ、頬が火照ってくるような気がしたものだ。(取材で焚き火をしたのだが、その後数日、煙の匂いが頭髪から抜けなかった。あれは良かった)

火が勢いづいて炎となり、日常ではあまり聴くことのない、あの炭素のはじけるすてきなノイズの音楽が去っていくと、その後に静かな火との対話の満ち足りた時間が訪れる。
ここがどこであってもどうでも良くなってしまうような、そのなつかしさをわたしは他に知らない。自分が決して知らないはずの、祖先の辿ったであろう旅路に立っているような錯覚。

もしかしたら、あなたやわたしはずっと旅をしていて、いま現在のここもまたいっときの野営地に過ぎないのであり、旅の道は果てしなく遠くに続いているのではないだろうか。

なんて、心が遠くに行ってしまいそうなのでこのへんで。
まだできていない絵本なのに、あれこれ書いてしまった。
11月に本屋さんで見かけたとき手に取っていただけたら嬉しい。


8/31/2021

Subsequence 04

 


畏友、I 編集長のつくる雑誌 Subsequenceも4号が発売になった。
まんが [Tangible & Visible] が続いてる。


8/28/2021

28.Août


畑や鉢植えなどで植物を育てはじめた人が多い。
すごく多くいらっしゃるのだ。このことに何かあるなと思う。

土は癒される、気持ちを落ち着けてくれる。そして自分で育てた野菜はおいしい。

そういうふうに、ひとは言う。

土は混ぜたり捏ねたり、耕したりするときに、つい夢中になって、心がどこかに飛んでいくような、そういう感覚が心地よい。冷たいような暖かいようなあの手触り…。むかし、小さい頃は好きだったのに、いつの間にか汚いと思うようになっていた土と一体化するその感覚。

土って、長い時間をかけて降り積もった死骸のかたまり。
それなのにあまり怖くないのはなぜだろう。
あるいは手のひらにちょこっとの一グラムあたりに百億の微生物のいる魔境なのに、気持ち悪いと思わないのはなぜだろう。
自分もいつかは死骸や灰になって土になってしまう。今のうちから付き合ってみましょうか、というような時間旅行のような感じなのか。

そしてもちろん、日々育つ植物の見せてくれる驚き。伸びる枝。
朝起きると枝が昨日よりもぐんと伸びている。
夜の間、たくさんの枝の成長点は星の位置を指さしている。
でも星は動くから、星に憧れる植物もねじれるように成長する。実は人間の身体もそうなんだけどね。

そうやって植物を見ているけど、やっぱり土こそを見ている。概念的にも物理的にも、はるか高いところから見たらわたしたちも街もほとんど土と同一に見えるかもしれない。

気持ちわるい虫をみつけて、潰そうと思い、ふと自分がその虫であるかのような気がしてしまい、やっぱりやめておこうか、と思いとどまったり、「土目線」で遠くからやってくる少し強い風を感じたり、明日の天気を予想してみたりする。

明日のことまではわからないけど、せめて午後は晴れたらいいなと祈り、果たしてそういう祈りはまさか通じるのかしら?と密かに試すように雲の様子を眺めてみたりする。
いろいろと気にしなければいけないことが拡がって、それでも楽しい。自分の輪郭が確実に拡がっているなと感じる。

そんなふうに熱っぽく書くと、わたしは畑でも始めたのかと思われるかもしれない。わたしは果樹の鉢植えを育てている。気がついたら、あはは。100鉢くらいになってしまって。

初めはおいしいフルーツやきれいなお花を育てるという損得勘定ではじめたのに、いつのまにか、そうじゃなくなっているのだ。これは絵を描くことに似ている。つまりわたしにとってはとてつもない面白みがあるのだ。だから100鉢。あはは。

絵の具は土から出来ているし、土の親戚のようなもの。
混ぜたり捏ねたり、耕したり。どんなふうに絵が育つのかわからない。
浅薄な「意図」は自然への冒涜になるような気がして、それを慎んだ方がいいのか、それともやはりなんらかの手を講じた方がいいのか、そのさじ加減にまつわる判断も理屈ではなんとも説明できない。

それでもわたしは何か、確たる根拠があるかのように、突き動かされるように手や身体を動かしている。鉢植えで植物に触れるときも、絵を描くときも、絵のストロークのひとつでも、そうしなければどこかに進めないとでも言いたいかのように。
形而上の話である。別にどこかに行かなくてもいいはずなのに行こうとする。その原動力は「突き動かされ」。
それって何なのだろう。

7/14/2021

14.Juillet











挿絵の作業が続く…のでちょっと寄り道。
バターみたいに塗るだけでどうしてこんなに面白いのか。
明日が楽しみだ。

というわけで明日の自分に伝言で、

1)左の山の形がいまいち
2)地面に雲影を試すこと
3)空をさらに白くすること
4)絵には描かないが、海岸までの距離を明確にすること(吹いている風の質)

7/12/2021

12.Juillet

 


La façade ouest (west front)

7/11/2021

"At NIGHT" expo vol.2

 



7月13日(火)~7月31日(土)
Calo Bookshop and Cafe

※7/18(日)・23(金)~26(月)は休
※7/19(月)は19時まで臨時営業 最終日は17時まで。

13日から、この春に制作したアートブック"At NIGHT"の原画展が大阪のCaloに。
"At NIGHT"の原画とブックのページとを見比べていただく展示。
その原画としての絵は5月のmanomanoでの展示のときにありがたくも何点かが売れてしまったので、その連作として4点ほど新たな絵を描いてみた。(それを口実にまた"At NIGHT"の世界を歩きたかっただけかも)

しかし、今展の主役はなんといってもアートブック。
端正な手作業による美しい仕上がりの本"At NIGHT"を、ぜひ手に取っていただきたい。


なお本展と直接関係はないが、会期中の23 24日にCaloでわたしも過去にたいへんお世話になった製本家の都筑晶絵さんの製本WSが行われるようだ。
世界各地の現場で製本の仕事をされている都筑さんの教室だ。とても得難い時間になると思う。
こちらもぜひどうぞ。

協力:studio manomano

7/09/2021

雨花のけもの


演劇のフライヤーの絵を描かせていただいた。

少しだけ台本を読ませてもらったけれど、すごく引き込まれた。
8月の本番はどんな舞台になるのだろう?
「さいたまネクスト・シアター」の最終公演。

「雨花のけもの」

会場 彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
作: 細川洋平  演出: 岩松 了
出演: さいたまネクスト・シアター


7/06/2021

6.Juillet

 

Williamsburgの絵の具は一度使ってしまうと最後、この絵の具でないと、というフェイバリットがいくつか出来てしまい、切らしてしまったら悲しい…と思いきや、机や引き出しには他にもあれこれ百花繚乱のメーカーのチューブが散らばってあるのであって、そんな些事も忘れて描き続けるのだけど、ふとした時にやっぱりあの色のチューブがあったらなあ、と絵を描いてる最中でなく電車の中や食事中に思うこともあったりで…。
色にこだわりのない自分にもほんの少しだけならあるのかと。
久しぶりにBlickArtで注文してみた。
色によってはすごい値段のもあるけどわたしが必要なのは安価なほうの色だ。
Williamsburgはアメリカの絵の具メーカー(golden社)で日本には入っておらず、どこかの画材店が置いてくれると嬉しいのだが。

6/22/2021

22.Juin




今が旬だ!