9/16/2020

石巻 まちの本棚

宮城の石巻にて、「石巻 まちの本棚」というイベントで、山尾三省の詩集「びろう葉帽子の下で」の原画を展示していただいている。
26日にはわたしもお邪魔することになって南陀楼綾繁さんとお久しぶりのトーク。だけじゃなくワークショップもすることに。なんと。
トークとワークショップのテーマは「ブックカバーを発想する」
勢い余ってタイトルを真面目につけてしまった。でもそんなに堅苦しい内容にはならないはずなのでお気軽にどうぞ。
自分にとっても久々の遠出、本好きな人たちとの出会い。楽しみにしてる。

このころまた本の装丁に関わる仕事をいくつかしていて、本を手にとって開く人たちの姿を思い浮かべている。

9/01/2020

「京都六曜社三代記 喫茶の一族」












「京都六曜社三代記 喫茶の一族」
京阪神エルマガジン社刊

取材・文:樺山聡 
写真:小檜山貴裕 イラスト:北林研二 
装丁:横須賀拓


発売されたばかり。
京都の喫茶店「六曜社」の三代にわたる物語が本になった。

息をつかせず読んでしまう本だった。時間旅行だ。
カウンターの向こうに、周りに、こんなすごいドラマがあったんだな。

3代目の薫平さんの章になるといよいよ自分の時代と重なってくるので、ちょっと感情移入して読んでしまう。

オクノ修さんの「ランベルマイユコーヒー店」の絵本をつくらせていただいた関係で、恐れ多くもわたしの文も引用されているのだ。ちょっとだけね。

読み終えるとドラマの現場に今すぐにも行きたくなる。
素晴らしい本だ。みなさんもぜひ、おいしいコーヒーと共に。


8/29/2020

29. Août



まだまだ暑い。頭がぼーっとしてくる。
描きかけの絵を少し離れて眺める。
この「眺める」という行為は、不思議なものだ。

描きかけの絵を眺める。
他のひとからみたら、画家が絵をどのように改善しようかと分析しているように見えるかもしれないが、もちろんそうとは限らない。
たいてい、眺めながらぼーっと休息したり、関係ないことを考えたりしている。

風景を眺めるとき、ひとは目の前の風景をとくに分析しているわけではない。
そこにいることをただ感じているし、あるいはそこに本当はいないかもしれない自身の不在を感じている。

それは「見る」とは性質が違うのである。しかし「見る」と連続しているようなところもある。
ひとは「眺める」ということの意味を自分で解っていなくてもつい、そうしてしまう。

個人的には、「眺める」とは、何かの対象の前に佇むような、時の流れの中の空白につい迷い込む、というようなイメージである。

ひとは「眺める」ことをじょうずに説明できない。そしてそれを使いこなせない。

8/23/2020

23. Août




最近アメリカの食養学の大家 Sally Fallon Morell氏のメルマガをとっている。
新しいブログ記事がアップされると告知が届くのだ。

コロナの記事も多いが、役立ちの栄養学の話が多い。
彗星と伝染病がテーマの記事や、長寿についての名著「ブルーゾーン」の土地をめぐる記事があったり、面白い。

英語はあまりできないのでDeepLで読んでいる。
外国語を読むのはつらいけど、医学の本とかフランス語の哲学とか、和訳のほうが漢字や熟語が難しくて、むしろ外国語のほうがわかりやすいのではと思うことも。ほぼ翻訳ツールで日本語にして読んでるので偉そうなことは言えないけどね。

今日届いたのがタイムリーにも、パスツールと炭疽病の記事。
この頃考えていたワクチンの起源のあたりのことだったので読んでみたぜ。(←)  


医学は昔は多数の選択肢があった。 
ナチュロパシー(Naturopathy) 自然療法
オステオパシー(Osteopathy) 整体療法
ホメオパシー(Homeopathy) 同種療法
サイコパシー(Psychopathy) 心理療法
アロパシー(Allopathy) 薬物療法
ピクトセラピー (Pictotherapy)  絵画療法

ごめん。最後だけ嘘である。

昔は患者はそのどれに診てもらうか選べるようになっていたのだが、時代が下るにつれ、アロパシーが一番儲かるので、金とパワーを持ちすぎて今に至る。

それ以外は代替医療とされ、さらにその座も追われ似非医学とされるのは科学の発展による影響が大きいが、これは仕方がないことでもあるかもしれない。なぜなら証拠があるものは強く、自然の恩恵といった目に見えない証拠のないものは今の紋切り型教育社会では弱者だからである。

また、20世期のある時点で製薬会社のオーナーともなったR家の石油王 (薬は石油で作られる) がメディアを駆使し徹底的に他の療法を潰したから、という要因も大きい。

病院が好きな人は少ない。病院がちょっと怖いと感じる理由には、案外そういう歴史の闇の部分を感じとってしまうから、というがあるのかもしれない。
あるいはお金のことばかりで本当に治してくれるのかしら、とか。

もちろん病院に行けば診てくれるお医者さんや看護師さんには感謝している。その人たちの気分を害したくて書いているのではないのだが。

表舞台から追われた医療と目下一人勝ちのアロパシー。
その運命の分かれ道はパスツールの炭疽病ワクチン実験、Pouilly-le-Fortの実験(1881年)だったのではないだろうか。


Sally Fallon Morell氏のブログより

Anthrax, Arsenic and Old Lace  元記事  
炭疽菌と毒薬と老嬢* 


炭疽病は、炭疽菌という細菌によって引き起こされる感染症である。
皮膚、肺、腸、注射の4つの形態で発生する。症状は、感染してから1日から2ヶ月以上経過してから始まる。 

皮膚型では、特徴的な黒い水疱が現れる。
吸入型は、発熱、胸痛、息切れを伴う。腸管投与の場合は、血液を含む下痢、腹痛、吐き気、嘔吐を伴うことがある。 注射剤の場合は、発熱と注射部位の膿瘍を伴う。

炭疽菌は、しばしば感染性の動物製品に含まれる細菌の胞子との接触によって広がる。 接触は、呼吸、食事、または皮膚の損傷部分を介して行われる。 炭疽菌は通常、人や動物の間で直接感染することはない。

稀な病気ではあるが、人間の炭疽菌は、発生した場合、アフリカと中央アジアおよび南アジアで最もよく見られる。 炭疽菌が皮膚に感染した場合は、かくれ者病として知られています。歴史的には、吸入性炭疽菌は羊毛を選別する人の職業病であったため、ウール・ソーターの病気と呼ばれていた。

バチルス・アントラシス(炭疽菌)は、約1×9μmの大きさの棒状のグラム陽性の遊走性嫌気性細菌である。 通常は胞子状になって土壌中に存在し、この状態で何十年も生き延びることができる。

今日では、先進国では感染した動物がほとんど残っていないため、この感染形態は極めて稀なものとなっている。2008年11月には、未処理の動物の皮を使って仕事をしていたイギリスの太鼓職人が炭疽菌の吸入により死亡した。

炭疽菌は、19世紀のフランスやその他の地域で大きな経済的課題となっていた。羊は特に被害を受けやすく、ワクチンの製造を調査するために国家資金が投入された。

ドイツ人のライバルであるロバート・コッホが原因物質である炭疽菌を発見(1876のこと)したと主張した後、ルイ・パスツールはこの研究に数年を費やした。

1881年5月、パスツールは、彼の予防接種の概念を実証するために、Pouilly-le-Fortで公開実験を行いました。

25頭の羊、1頭のヤギ、数頭の牛の2つのグループを用意した。

一方のグループの動物には、パスツールが用意した炭疽菌ワクチンを15日間隔で2回注射した。最初の注射の30日後に、両群とも生きた炭疽菌の培養物を注射した。
ワクチンを接種していないグループの動物はすべて死亡したが、ワクチンを接種したグループの動物はすべて生存した。
この明らかな勝利は、地元や国内外のマスコミで広く報道され、パスツールを国民的英雄とし、医療現場での予防接種の受け入れを確実なものにした。


これが公式な話だ。
では、もう少し詳しく見てみよう。


ジェラルド・L・ガイソンが著書『ルイ・パスツールの私学』の中で分析した彼の個人的なノートと、白熱した新聞報道を比較すると、パスツールの公の勝利は違って見える。19世紀のフランスでは、炭疽菌が家畜、特に羊の間で大きな問題となっており、ワクチンを見つけるための努力は、ルイ・パスツールをはじめとする当時の科学者たちを、栄光と金のための熾烈な競争に駆り立てた。

パスツールは、すべての病気の原因は微生物ではないにしても、ほとんどの病気の原因は微生物にあるとする細菌説を推進した。この細菌説によって、科学者たちは、細菌を弱めたり、弱めたりした形の細菌を含んだワクチンで病気を素早く治すことができるようになった。

炭疽菌のワクチンを見つけるためのこれらの初期の試みについて読むと、モンティ・パイソンと愚かな科学省のイメージを思い起こさせる。

一部の科学者は、微生物を毒、重クロム酸カリウム、または消毒剤であるカルボン酸にさらすことによって、「減衰」(弱毒化?)を試みた。別の者は、感染した動物の血液を加熱して、感染していない動物に注射することで減衰したワクチンを作ることができると考えた。

ある者は鶏ガラスープの中で細菌を煮ることを支持し、ある者は尿の中で細菌を煮ることを支持した。

パスツールの同僚の一人は、炭疽菌の培養物をガソリンの蒸気にさらすことで「萎縮」させようとしました。パスツールは、炭疽菌を「大気中の酸素」に晒すことで、炭疽菌の病原性を破壊しようとしたが、これらの理論はすべてジョン・クリーゼのような重厚さで追求された。

これらの英雄たちにとっては残念なことに、どのアイデアもあまりうまくいかなかった。

パスツールのライバルである獣医のトゥワッサンは、加熱血液に着目し、当初は有効なワクチンになると主張していた。しかし、その後、実験動物を死なせてしまうなど、結果に一貫性がないことに気づき、カルボリック酸を加えるようになったが、これも期待に応えられなかった。パスツールはノートの中で、ウサギ、モルモット、サル、犬を使った実験でこのような結論が得られなかったことに不満を表明している。

魔法のワクチンはつかみどころがなく、パスツールは「1880年1月に炭疽菌ワクチンの『発見』を発表するには、例外的にほとんど実験的根拠がなかった」(Geison、167ページ)。 パスツールは1881年2月にも同様の発表を行い、3月には羊を使った予備実験で成功したことを報告している。ガイソンの報告によると、「......パスツールの公表報告書の大胆な自信に満ちた口調は、新しいワクチンの実験結果を誇張していた。実際、彼の実験結果は『明らかに結論が出ない』ままであった。(Geison, 170 ページ)。しかし、パスツールは、同僚たちの落胆をよそに、Pouilly-le-Fortの挑戦を「衝動的に」受け入れ、1881年4月28日に詳細で厳しい実験計画書に署名したのだ。 

もう一つの問題は、パスツールが研究していた病気に関連した微生物、例えば炭疽菌や狂犬病を注射して動物を病気にすることができなかったということだ。
炭疽菌の場合、健康な動物を病気にして死なせるためには、"病原性炭疽菌 "を注射しなければならなかった。パスツールは、「病原性」微生物を他の動物を介して生物を「連続的に通過させる」と呼ばれる方法で、より病原性の高いものにした-炭疽菌の場合には、彼はモルモットを使用した。

炭疽菌に関連した微生物を注射し、動物を犠牲にして、その血液や組織を注射し、おそらくカルボリック酸や重クロム酸カリウムなどの毒物を混ぜたものを別の動物に注射した。
こうして、彼は "病原性炭疽菌 "と呼ばれるものを考え出したのです。狂犬病については、「狂犬病の犬から無菌状態で抽出した大脳物質」を注射し、穴を開けて健康な犬の脳の表面に直接接種することで、病気の症状を作り出すことができたのである。狂犬病の犬から無菌状態で抽出し、頭蓋骨に穴を開けて健康な犬の脳の表面に直接接種した。この治療法は、時には犬が口で泡を立てて死ぬようにした(Geison、189ページ)。

炭疽菌の実験で挫折していたパスツールは、医学アカデミーに誘われてPouilly-le-Fortでの有名な公開実験に参加することになった。ライバルのトゥワッサン(ただの獣医で、真の科学者ですらない!)の息のかかった彼の敵は、成功不可能であろうと判断した実験のプロトコルに彼をサインさせたのである。

Geisonは、パスツールが使用したワクチンの性質について、特別な理由はなかったものの、意図的に国民を欺いたという事実を大きく取り上げている。 プロトコールには、パスツールが動物に接種するワクチンの種類が明記されていなかった。 パスツールは、鶏コレラのワクチンをどのようにして作ったかについても、以前にも同様に慎重だった。

重要なポイントは、彼の初期の実験とは異なり、Pouilly-le-Fortでの実験は完璧に機能したことです。ワクチンを打った羊はすべて生き、ワクチンを打っていない羊はすべて死んだのだ。勝利!

パスツールはズルをしたのか? パスツールのノートによると、パスツールは時に不誠実であり、不誠実であったことがわかる。彼はまた、自分の利益を守るために非常に積極的で、操作とレトリックで何人かの敵を破壊した。

ワクチンを接種していない羊の死は簡単に説明できる。
彼は「病原性炭疽菌」を使った、つまり毒を盛ったのだ。 ワクチンを打った羊には? それら全て。 

ワクチンを接種した羊たちに「猛毒の炭疽菌」を注射したのか、それとも動物を殺すには至らなかった「単なる炭疽菌」を注射しただけなのか。

フランス人が言うように
"Il y avait quelque chose de louche"
何か怪しいことが起きていた。

(訳注:もちろん、このあたりは憶測で書かれている)

そのテストの後、パスツールの研究室に炭疽菌ワクチンの供給依頼が殺到した。しかし、パスツールと彼の助手たちは、使用したワクチンの種類についての詳細を明かそうとしなかった。それにもかかわらず、パスツールの研究室はすぐに商業的炭疽菌ワクチンの製造を独占し、積極的に外国への販売を追求した。パスツールと彼の研究室は、1880年代半ばに炭疽菌ワクチンの販売で年間13万フランの純利益を得た。

問題は、パスツールが不正行為をしたのではないか、と疑われるもう一つの原因は、ワクチンが効かなかったことだった。

「Pasteur: Plagiarist, Imposter パスツール : 盗作者、偽者」の著者のR.B.ピアソンは、パスツールがフランスの町から、また遠くハンガリーから、前日にワクチンを打った死んだ羊の死体が散らばった畑の苦情の手紙を受け取るようになったことを指摘している。 ハンガリー政府によると、「最悪の病気、肺炎、カタルーニャ熱などは、もっぱら注射を受けた動物を襲った」という。

トリノで行われた1882年の裁判では、予防接種は無価値であることが判明しました。ロシア南部では、炭疽菌ワクチンは、それを受けた羊の81%を殺した。

ワクチンの使用は徐々に衰退した。しかし、ここに不思議なことがある。
炭疽菌の発生も衰退したのだ。今日では珍しい病気になっている。では、19世紀の間、動物、主に羊の死の原因は何だったのだろうか? 

羊のディップ(羊の体を洗う消毒薬)について考えてみよう。世界初の羊のディップは、1830年にスコットランドのコールドストリームのジョージ・ウィルソンによって発明され、製造されました。 最も成功したブランドの一つは、1852年にイギリスの獣医外科医であり、実業家でもあるウィリアム・クーパーが開発したクーパーズ・ディップである。

クーパーのディップには、ヒ素の粉末と硫黄が含まれていた。粉末は水と混合しなければならないため、農業従事者はもちろんのこと、ヒ素溶液に浸した羊も中毒になることがあった。

ヒ素中毒の症状は、黒い皮膚病変が現れるなど、「炭疽病」とよく似ています。炭疽菌と同様、ヒ素も皮膚接触、吸入、消化管を介して中毒を起こす。注射にヒ素が含まれていると、その部位に病変が発生するのだ。

今日のシープディップにはもはやヒ素が含まれていないため、炭疽菌は姿を消してしまったが、開発途上国ではまだタンニンなめしなどの工業工程で炭疽菌が使われている。

真の謎は、なぜ当時の科学者たちが炭疽菌とヒ素の関連性を明らかにしなかったのかということである。フランス人はヒ素のことをよく知っていたからだ。医者や薬剤師にはヒ素の粉末が用意されていたし、フロベールのベストセラー小説『ボバリ夫人』では、ヒロインが一握りのヒ素を飲み込んで自殺するシーンが描かれている。 フラウベルトは、美しいボヴァリー夫人が死ぬときにできる黒い病変をありありと描写している。

科学者や獣医、医師たちは、新しい細菌説に目がくらんでしまい、毒と病気を結びつけることができなかったようだ。
パスツールは1895年に死去したが、すぐに医学の第一級の聖人としての地位を確立し、新聞は古いレースの匂いのする(?)版画を掲載し、彼を称賛し、彼のフラスコとビーカーを祭壇の上に置き、感謝する崇拝者がそれらの前にひざまずいた。
科学は新しい宗教となった。 

現代の描写ではパスツールは "数十億人の命を救った男 "と呼ばれている。
しかし、パスツールには命を救ったという充足感はなかった。晩年は衰弱して悲しそうな顔をして過ごし、自分の欠点は目の周りに深いストレスと心配の線として刻まれていた。

炭疽菌は世間の意識から消え、炭疽菌ワクチンも停滞していた。
9・11の数週間後、有名なメディアのメンバーと2人の上院議員に送られた有名な炭疽菌の手紙事件まで。 少なくとも22人が病気になり、5人が死亡しました。遺伝子検査(細菌の分離ではなく)で炭疽菌の胞子が検出されたが、粉末のヒ素検査は誰も行っていない。

炭疽菌ワクチンへの関心が再燃した。 従来の情報源によると、現在使用されている炭疽菌ワクチンはすべて発疹、痛み、発熱などの反応を引き起こし、重篤な副作用が約1%の受給者に発生するという。数十年間ほとんど使用されていなかったこのワクチンは、軍人のような「リスクのある人」に使用するために廃棄された。兵士は、5回連続でワクチンを接種し、毎年ブースターを受ける。

軍人のための義務的な予防接種は、ワクチンの安全性と有効性に挑戦した法的差し止め命令によって2004年に停止された。

しかし、ワクチンが安全であった、と主張する2005年のFDAの報告書の後、国防総省は、20万人以上の軍隊と防衛請負業者のための義務的な炭疽菌の予防接種を復活させた。


終わりに:
科学者たちは、特定の細菌が土壌中のヒ素を「生物学的に修復」することができることを発見した。 これらのヒ素抵抗性および/または蓄積性のバクテリアは、「汚染された土壌に広く存在し、ヒ素で汚染された生態系の生命的浄化の貴重な候補である」という。自然は常に解決策を持っており、ヒ素の場合、その解決策はある種のありふれた土壌細菌である。ロバート・コッホによって最初に分離された「敵対的な」炭疽菌は、動物や人間がヒ素と呼ばれる毒に遭遇したときにはいつでも現場(または体内)に現れて、実際には有用な修復生物であるという可能性を考慮する必要がある。

(ここまで )

*毒薬と老嬢 Arsenic and Old Laceという映画があったようで。 Arsenic はヒ素の意

** Pouilly-le-Fort フランスの町 パスツールはヒッポリット・ロシニョールの農場で炭疽菌に対する羊の予防接種のデモンストレーションを行った。) 




8/19/2020

19. Août

 


いつ描いたのか覚えていないスケッチ。
挿絵仕事の合間に電話ボックス?
忘れ去られたかのように草むらの中だ。
屋根にも雑草が生えている。



8/18/2020

自分の時間を。



ときおり、あまりにくだらない話題が世間にもち上がるのはどうしてだろう。

例えば、アベノマスクとか、イソジンとか、芸能のニュース。そういうのである。

けっしてA首相たち政治家が愚かなのではない。

げいのーじんやメディアが愚かだからではない。

あれは、わざと些末なことで不毛な議論をさせ、わたしたち(Folks)のこころを疲弊させ、お母さんから与えられた貴重な時間…つまり人生を削っているのである。

それぞれの大切な使命から目を逸らせているのである。メディアが悪?そうとも言い切れない。わたしたちも進んでそういう議論に入りたくなるし、もっと全体的なぼんやりした悪いもの。人生を削っているのは、結局自分自身。

しかしとはいえ、やはりメディアは悪い。なんというか、そういう撒き餌のようなものとしての報道ばかりになっているこの頃。

些末で不毛な議論に熱くなった後の虚しさを纏わせ、判断力は奪われて、いつの間にか経済は麻痺してしまっていて、最後には極度の管理社会化とDNAワクチンだろう。

不毛な議論といえば、コロナ騒ぎ自体が火を見るより明らかなそれで、わたしも最初はいっぱしに怖がっていたがこの頃はすっかり醒めてしまって、もう「同じ議論のテーブル」につきたくないと思っている。

ウィルスの歴史を学ぶと…ね。




8/16/2020

16. Août

 

(描きかけの絵)

4本の糸杉はいつものように揺れている

遠くの蛇行した道を自転車がさっそうと駆け抜ける 

どこか遠くでかすかに缶詰が開く音

土に埋まったガラス瓶の冷たさ

雲は思わず近づきすぎて 手を伸ばせばすぐそこに






8/12/2020

12. Août



マスクせぬもの、人にあらず。

相変わらず素顔なので人さまの視線も怖ろしく、ねずみ忍者のようにシュッシュッと移動している。木陰から木陰へ(それは涼んでるだけ)。

この総マスク現象はなんだろうというと「そりゃ、他人にうつさないためだよ。マスクしろ!」という答えが返ってくる。

あるいは醒めたひとは「一種のお付き合いさ」というだろう。

ふと思い出したのだが第3の答えとして。

人にはミラーニューロンという神経細胞もある。

Mirror neuron 

動物の本能として、他人を真似てしまう神経細胞があるのだという。

ミラーニューロンという言葉を数年前に知ったとき、学問はここまで進んでいるのかと感心していたのだがすっかり忘れてしまっていた。

同時期に学んだアフォーダンスという言葉も思い出した。

affordance

マスクというのは顔と密着しているのでいわば大きな環境の変化である。

環境の変化はその人のアフォーダンスを無意識に大きく変化させる。





8/07/2020

7. Août



仕事場に蚊がいる。

蚊はもちろん嫌いだ。

でも、ふと思うことがある。
あんなにもたくさん発生している意味。非常によくできた蚊の身体のデザイン。
吸血するときの針が微振動しているとか、そういう特殊な仕組み。

ここまでのことをするには何かの意味があるに違いない。

わたしは、蚊はある種の天然の予防接種を打っているのではないかと思っている。
あるいは何らかの情報の伝達交換。
これらのことが10年後くらいに解明されるのではないだろうか。
他の昆虫の大量発生も怖いけれど、そういう現象にも何か知られていない深い意味があると…。

だから今試みられているような蚊の遺伝子をいじって絶滅させるとか、そういうのは何か違うような気がする。





8/05/2020

5. Août






広島市こども図書館のご依頼でレジャーシートの図案を描かせていただいた。
お外で本を読んだりとか、イベントで使われるそう。残念ながら非売品。

図案には悩んだ末に入れなかったのだけど、制作中にある言葉に巡り合った。

“Once you learn to read, you will be forever free.”
「ひとたび、読むことを学べば、永遠に自由になるだろう」
Frederick Douglass


その言葉を糧に制作した。