ユトレヒトの江口さん、集英社のMさんとつくった絵本だ。
「泣いた赤鬼」は浜田広介の代表作とも言える有名なお話なので、多くの絵本が出版されている。
現在この集英社版の「ないた赤おに」を絵本の一つとして選んで頂き、その原画展が山形の東置賜郡高畠町にある浜田広介記念館で開かれている。
館の方から依頼を頂き、展示会場でのキャプションに文章を書かせていただいた。
久しぶりにお話を読みかえしてみたら今の息苦しい時代と通じる時代背景を感じたのだった。
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2018年に読む「ないた赤おに」
僕は今広島という街に住んでいる。
僕の仕事場の周辺には原爆ドームや厳島といった有名な観光地があり、外国人の旅人も多い。
彼らが路上で地図を手に迷っている風景もよく見られる。
そんな時僕は勇気を出して彼らに声をかけるようにしている。
自分も旅先では随分と地元の人に助けられているからだ。
でも以前はそうやってひとこと声をかけることができなかった。
言葉が通じず、かえって迷惑をかけるのではないか、まちがえて嘘を教えてしまうのではないか、という心配があったからだ。
でも実は本当の理由は違うのだった。
外国人が怖かったのである。
肌の色や目の色が違う、知らない言葉を喋っている。だから怖い。そのようについ考えてしまうのであった。
島国に育ちのせいでそうなってしまったのだろうか。
恥ずかしいけど今でも少し話す時に緊張する。そんな時に僕はちょっとだけ「ないた赤おに」のお話を思い出す。
赤鬼と青鬼の友情にスポットが当たりがちなこのお話ではあるが、今回再読して驚かされたのは、この「ないた赤おに」にはその異文化との出会いの場面がやけに丁寧に描写されているという点にであった。
村人たちがおそるおそる赤おにの家を訪ねる。すると、すっきりとしたインテリアの室内には油絵が掛かり、歓迎とともに美味しい茶や菓子を振舞われる(ちなみに、廣介がここで「油絵」を登場させたことは明らかに「赤鬼」を西洋人として設定したことを物語っている)。
村人たちは驚く。そしてこんな暮らしがあるのか、という驚きとともに異人であった赤鬼をその「暮らしぶり」から理解し、その心を受け入れるのだ。
自分の知らない文化に触れることで、自分の内面にある壁が一つ一つ壊れて自由になれる。文化とは単なる娯楽と消費の対象に終わるものではないのである。
もう一度繰り返して書いてみる。「文化はひとを自由にさせる」
この頃はテレビやインターネット上では「日本はすごい」というニュアンスを感じさせる記事が多く、さかんに自己称揚に明け暮れているのが気にかかる。
その代償としてわたしたちはまさに、異文化への理解という心の自由を自ら手放しているように思える。
浜田廣介が1933年というあの暗かった時代に「ないた赤おに」を書いた。
今こそその意味に思いを馳せる時期ではないだろうか。
一部加筆訂正