nakaban: note
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8/06/2015
8/6
8月は黒く塗りつぶしたような。
けれど本当はいろんな色が熾火のように奥の方でまだ光って
いるような。
そして言葉もなにも話せない。
話しているように見えても言葉は無音に吸い込まれて話せていない。
それでも心で話しているのかな。どこか遠くに向かって懸命に耳を澄ます。
音も聞こえない。
蝉しぐれは無音のように変わって光の中にかき消えて眩しいばかり。
夏の夜の火照りを包み込むような葡萄のような絵。そんなのを描きたい。
先日、島に子船をこぎに行った日にある人が言った。
夏は永遠に続くようで一瞬で終わるから精一杯あそんでください。
子船を漕ぐのは涼しそう。けれども実際は大変だったな。
こんな暑い日々は涼を求めるように描くのもいいけどそれだけじゃない。
目の前にあるものを。
6/20/2015
6/19
久しぶりにコップの絵を描く。
けびんさんのカメラがまわっていた。
彼らが去って行って、ふとできた絵を光に透かしてみる。
影にうつろいゆきながら顔料の粒子がぽつぽつと色づく。
そこに生まれる小さなくらやみ。
得られる映像は夢が振り向くよう。
絵を傍らに置いて、硝子のペーパーウェイトや貝殻、枝、乾いた果物、切れた電球をかざす。光を通さない石などもかざす。自分の手も。
かざすとき、ほんの少しだけ祈っているのだろうか。
それは自分にうたって聴かせる子守唄のような。
あらゆるものたちの呼吸が紡いだ物語を覗きこむような。
5/10/2015
わすれがたり
久しぶりだね こんな夜空
波の音が町にこだましてる
あの燈台も遠くでちかちか光ってる
忘れてしまっても忘れられない
わすれがたりの岸辺が どこかにあるようで
真夜中なのに忘れた帽子を取りに行くふりをして そこに駆けて行きたい
ひとつとして同じではない今は どこまでも果てしなく今なので
ふたたび出会うということももうほんとうは無くて
試されるような何かがあらわれては消えてゆくばかり
10/26/2014
10/26
よしと思い立って、何年ぶりかのリソースクリプト。
新しい図案をほんの少しだけ刷って盛岡のcartaさんに送りました。
わかってはいるけど一枚一枚違ーう。
ボール紙は別名馬糞紙と呼ばれているけど本当に馬糞を使っているわけではないのでご安心を。まあ私は本当に馬糞の紙、あったら使ってみたいですけど。
10/17/2014
live at adansonia
heavy metal
糸島・アダンソニアのライブが終わりました。
海辺のレストランは実験スタジオになりました。
とにかく笑ってしまうくらい大変で、予測がつかない。
おもしろいのかおもしろくないのかわからない事をたくさんやった。
初めてトウヤマタケオ(トリオ)とライブをしたときを思い出してしまうような時間でした。
上演中まっくらになる場面で子どもたち、怖がってたよなあ。ごめん。
ランテルナムジカ、あたらしいフェーズに入った…!
もっと変わっていくよ。
昨日のライブはその起点。
アダンソニアはいい店。
10/07/2014
miniature lighthouse
灯台ができた。
8/09/2014
8/9
Algeciras
(2008)
書類整理箱をごそごそしていたらこんな絵が出てきた。
ゆるいタッチだけれどこれはこれでいっか。
エスパーニャの港町アルへシラス。
こんな遠い町に2度も行ったのよ。モロッコのタンジェにわたる港のある町。
船まちの間ぶらつく港町。
さて嵐になる前に丘の下へペンキを買いに行ってきます。
7/18/2014
7/18
これはとある浜辺で拾ったもの。
どこかの港から流れて来たものだろうなあ。
何度も塗られたペンキの層がなかなか。
絵とならべても良い。けれど何に使えばいいのやら。
本来のボートのストッパーのままでいるのがいちばん良さそう。
5/24/2014
5/24
描きかけの投げ出した絵を仕上げていくことが仕事の中心になればいい。
数百枚の積もった描きかけの絵は自分自身に対する果たせていない約束であり
他人にとってはどうでもいい事柄にもんもんするのもまた一興
かろうじてあるといいな。誠実さが問われるところ。
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