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2/03/2017

2/3


先日、帰り道の空に不思議な飛び方の流れ星をみた。
ちょっとゆっくりに揺れながらひょろひょろーっという感じに東の空に飛んで行った。
この時期は空がきれいなので、その後も別の流れ星がぴゅんぴゅんと落ちる。
でもさっき見たそれはもっとゆっくり。
バットで打ったボールが飛んでゆくくらい。
一体なんだったんだろう。
神秘的なものを見ると黙っておきたくなるけどやっぱりここに書いて残しておこうかと。
あんなことでも忘れてしまうから。

12/28/2016

12/28

銀行に行った。
ハンコをあたらしいものに取り替えて口座をあたらしいものに変えて、としていたら小一時間もかかった。人間はなんでこんなことをするのだろうか。
銀行のおねえさんはシートに記入した僕の職業をみて「絵がお上手なんですね」と言った。
えーっ。と思った。上手いかどうかは自信ない。

夏にアボカドを描いていたら時が経って熟れてしまって、それは絵にもならず食べ物にもならなかった。
かわいそうなアボカドを空想で加筆してみた。
ありもしない赤い影が不気味だ。
少しだけアボカドのムースグリーンの味が甦ってきた。

11/07/2016

11/7




気ままな旅から帰って来たら福岡の版画の個展が迫っていたり。
シリーズ・テーマは蓬。
蓬の葉の形はとても良い。とにかく良い。
足下に、どこにでも、たくさんあってきれいなもの。
自然のものなのに人工物にみえてしまう。
青銅の飾りや西洋の石彫のような。
その形にあまりに同調してしまうと、本物の葉っぱをそのまま版にしたようになってしまい個性が消えてしまう感じがする。それはちょいと困る。

9/24/2016

りんごには芯があるように



「りんごは芯があるように、美味しそうに描きなさい」

難しい言葉はいらない。
絵を描くのにその言葉さえあれば美術学校も師匠も必要ないと思う。

父がこの世から去った。
ひとりが好きな父で、普通の親子関係より歳が離れていたということもあり、父というより伯父のような存在であった。

が、やはり最後の時には近く愛しく、息子であることを誇りに思えた。
佳き時代に仕込まれたユーモアの感覚を手放さず、男子たる者、めそめそしない。
言葉ではあれこれ言わなかったけど結局いろいろと教えてくれていたんだな。
なかなか格好良い人だったよ。本当に。

ありがとう。
さよなら、お父さん。




3/04/2016

3/4


旅の途上の路上に立たせてくれるのが「絵」。
いい気分。
ここでもそこでもない場所をつくる。
自分の心の持ち方次第でカビ臭い監獄にもできるしきもちいい風の吹く丘にもできるんですな。
おそろしい。

さて仕事のほう…いろんな人にいろいろお待たせしてる。
少しづつ。
マルチタスクは効率的ではないと言われるが、それぞれの熟成は成されるのできらいではない。
人の役に立てることは素直にうれしい。
いったん忘れてもいいんだよ。
おっと。良くないだろ、って声が聴こえてきます。

2/16/2016

2/16







冬の毎日。
ただ毎日を楽しみ…と書こうとして、楽しみという考えすらもう要らないんじゃないかと思ってしまう。
今までそうだと思っていた、そうではない別の知るべき事がいっぱいあって、探そうとしなければこそ、それは見えてくるのではないかと思う。
ぬくもりややさしさの果てにある風の吹く野原だ。

今の僕の(ささやかだと思う)関心は持っているいちど画材を全て使い切ってしまうこと。
捨てるのではなく、使い切る。
でも使っている画材と言えば鉛筆一本だったりMacだったりするのでどうにもなかなか減ってくれません。

nakaban


12/13/2015

12/13


仕事場の近くで路面電車が急カーブする所があり、そこが好き。
電車に乗りタイミングが良いとちょうど反対側の路線からも電車が来る。
当たり前ですが向こうの窓の中にもたくさんの人が乗っています。
反対側に行く人たち…。
もしかしたらあの人がわたしだったかもしれない、と考える。
光が回転する。それが続く。
人生のメリーゴーランドの中にいるような瞬間を感じる。

8/18/2015

8/18


8/17/2015

8/17

子どものころ遊んだ海岸に行ってみた。遊園地が無くなった他は風景はほとんど変わらない。海辺を散歩していると夕日のオレンジに染まった船が目に留まった。水の面はアイスグリーンとコーラルレッドの織りなす文様。そのパターンに夢中になっていると今ここにいる不思議が心の底から湧き上がってきた。目の前の一部分を切り取って見つめていると、遠くをみたくなる。海の時間、雲の時間でふらりと旅してみたいな。遠くを思えばどこにでも飛んで行ける。




8/14/2015

8/14

ひそやかな秋の始まりのよう。

夏の雫のように咲いていた朝のひまわり。
振り向いてみた夕日。

明日も歩くよ。

8/06/2015

8/6






































8月は黒く塗りつぶしたような。
けれど本当はいろんな色が熾火のように奥の方でまだ光っているような。
そして言葉もなにも話せない。話しているように見えても言葉は無音に吸い込まれて話せていない。
それでも心で話しているのかな。どこか遠くに向かって懸命に耳を澄ます。
音も聞こえない。蝉しぐれは無音のように変わって光の中にかき消えて眩しいばかり。
夏の夜の火照りを包み込むような葡萄のような絵。そんなのを描きたい。
先日、島に子船をこぎに行った日にある人が言った。
夏は永遠に続くようで一瞬で終わるから精一杯あそんでください。
子船を漕ぐのは涼しそう。けれども実際は大変だったな。
こんな暑い日々は涼を求めるように描くのもいいけどそれだけじゃない。
目の前にあるものを。

4/26/2015

4/26

仕事場に行きしな、娘を園に連れて行くのが朝の散歩の時間。
春も深まるこの時期は花々に出会う。
つつじ、蒲公英、すいば、椿。蓮花。
花という字を含む娘に近く見せようと採ろうとして、それはしない。

1.5キロの道程の中間地点にある踏切をわたると大きな川があり、橋を渡る。
海はすぐそばに。水辺には鳥が集まっていて、その鳥を見るのも楽しみの一つ。
鵜や鴨、はくせきれい。かもめ。どこか遠くから帰って来た燕。
そして水の流れそのものを見る。
水の表にも季節の移りゆきがある。
同じものだとしてもそれは同じではなくて、毎日出会い続ける。

4/21/2015

4/21

鬱々とした青灰色の雨の日々が通り抜けて行った、のでたまらず外に出てしまう。
いい気持ち。
たっぷり水を飲んだ植生の有機的な匂いが花崗岩の町の匂いと混じり合う。
木漏れ日は夏を予告するような風を映して飽きさせない。
手の上を蟻が、羽虫が、這うのを気にも留めず詩集を数頁進めた。
と、と、書きたい筈がこのブログをタイプしている。
何故ブログなど続けているのか春の日差しの中でわからなくなる。もう7年目だ。
遠くで学校のチャイム。
耳を澄ますと百の音がビルに当り、あるものは砕けまたあるものは跳ね返りとモアレて奥深いこだまとなって聴こえて来る。
まるで見知らぬどこかの山間にいるような。
あるいはそれは海鳴りにも聴こえるから、浜辺だろうか。
傘は何処かのかごに忘れた。

3/26/2015

3/26

水彩画を描きはじめた。記憶にあるのは父に教わってはじめて手に取った「サクラ水彩絵具」。その父に後年、「水彩絵具はニュートンに限る」と言われて以来W&Nを使っているけどサクラ水彩もあるよ。シュミンケの固形水彩もあるけどもったいなくて開けていない。水彩画が日課になればいいな。(なかなかむずかしいけど)一日の終わりに私信のように。日付を入れて、忘れてしまう。道に置いたままの絵が描かれた日のことを覚えている。



3/05/2015

3/5

オリーブの木を眺めに小豆島へ。
風はつめたく心はあたたか。
ある農園で見上げた梅の花とオリーブの木立は素敵な取り合わせ。

3/02/2015

3/2


2/14/2015

2/14

雪のちらちらする京都。
nowakiでの展覧会が始まりました。
モノクロの絵を中心に。
山と積まれた新しい本に対面。
tくんと頑張って作ったnowakiの本だから、嬉しいねーと言い合い署名などしたりした。
過去の絵本にも署名。
いろんなお客さん。
子連れのお母さん、旅人、絵描きさん、編集者。
人生の転機に来てくれた人も。

朝ひとり散歩させてもらう。
ペリエの瓶を数本預かり、
町の湧き水をくみにいく。
深いところからの、やわらかい水の暖かさ。

今日はギターと絵のコンサート。

2/08/2015

2/8









描きかけで止まってしまった絵。

この絵そのものが巻かれた紙のひとつになってしまった。
昔登った遠い島の燈台の写真を探し出して送った。

2/05/2015

2/5

まえに出した絵本の一場面を不思議に思い出してそれが頭から離れずにいたら、その絵本のことで編集のひとから2年ぶりくらいに連絡をいただく。いいお知らせでした。

夜通しのまるでパズルのような文具用品のデータづくり。
朝イチの歯医者さん。喫茶店でデータ送信。
ロバと灯台の話し。
個展の絵の準備を。

2/04/2015

2/4

ここ二日は広島の仕事の打ち合わせが続いた。
どれも近い内のことで楽しみで、広島で絵の仕事ができるのはありがたいこと。
早く発表したい。

春キャベツがもうスーパーマーケットに出ている。
ぼやぼやしてると春が来てしまう!

わたしはいつも慌ててあわあわしている。
でも最近はゆっくりすることを覚えなければ、と思う。
あわててしまうような毎日でもカメラをひいて見るといつも通りのような気もする。

昨日の夜、市電に乗りながらMadredeusを聴いていたらとろとろの音楽と揺れのテンポが郷愁を誘いに誘い、自分がリスボンの市電Carrisに揺られて何処か郊外のさみしい場所に向かっているような気分になり、心持ってかれそうになった。春のつばめという曲。
カーブですれ違う電車の遠ざかる窓。
古ぼけた機械の軋み、油の香り、おおきな河の夜もやに霞むその向こう。

キャベツは塩で茹でてオリーブオイルだけ。
わたし、これでも画家なのでここは外せないポイントなのだ。
仙台でキエツくんがいってたのを不思議に思い出して外葉も捨てない。
すると外葉の茹でたときの緑色がすごくきれいでそれは絵に描けない春の報せのよう。