12/01/2020

「だまされ屋さん」再び!(原画展のお知らせ)





いま、星野智幸さんの「だまされ屋さん」が檸檬色の単行本になって本屋さんに並んでいる。
読売新聞の連載だった作品で、感動の最終回から半年を経て、このたび単行本版でも光栄なことに絵を描かせていただいたのだ。中央公論新社刊。

本書の原画展がもうすぐ、東京の荻窪のTitleで。 (12月4日から - 12月24日まで)

原画はたったの1枚。
その代わり、新聞に掲載された絵を100枚くらい。

100が1になったことを感じて欲しい…

…とおかしな決め台詞でお知らせを終えよう、と思ったけど、実は版画を展示するということになって、新作を急遽いくつか作ったのだった。
折角なので、「だまされ屋さん」に出てくる団地のあるような郊外を意識して制作した。
郊外といえば、以前制作した小さな本、suburban portraits という本を思い出したし、フェデリコ・モンポウの郊外を主題にした静かなピアノ曲なども…(あるよなあと言いながらCDが無くなってしまい聴けていない)そしてわたしが住んでいる自宅も郊外。旅をしていて、ついバスを終点まで乗ってしまい困ってしまうのも郊外。
郊外のアンビエンスと版画はとても合う。

本屋Titleは今、油彩を展示していただいている西荻窪のURESICAとも近いので、もしかしたら両方を見ていただけるかも。

さて、ブログをアップしたら版画を額に入れたので今から東京に送ろう。
まだインクの香りがそこらに漂っている。






11/29/2020

29. Novembre


 


朝もはよから広島市こども図書館へ。

じゃあコップの水を描いてみよう、と簡単な導入で絵を描いてもらった。

驚くべきことに満席だった。会議室は蛍光灯だったので消して窓を開けた。

こどもたちのリアクションはマスクのせいか無反応のように見えたけど、出来上がった絵はどれもとてもよかった。

(こども図書館は超近所なので例外として、基本的に教室やワークショップはできないので、ご依頼などは全てお断りしてます ごめんなさい)

11/27/2020

26. Novembre

 

描きかけの絵


11/25/2020

Lost and Found





URESICAでの展覧会が明日から。
すべて新作で構成した。ぜひどうぞ。

自分が見たい風景を描くんだ、という気持ちがまず、ある。
けれども、実は、自分が見たい眺めとは何か、の確たる答えはなく、けっこう愕然とする。
旅の本の表紙をかざるような絶景を描いても結局満足できないのだろうし、いつも探し歩いているような感覚があり、ひとつの素敵な場所への留まりでなくて、結局は「移動」そのものにその好きなものは何かという秘密があるのではないかと思っている。移動はLostとFoundの繰り返しだから。旅もそうだし、絵を描くこともそう。「移動」は自分はこれが好き、嫌いと軽々しく決めつけさせない。このことは自分はこう描きたいと思っていても、絵がそうさせてくれないのと絶対に関係がある。絵が声を持ち、わたしにそこに留まるな、と警告しているかのように…


11/21/2020

21. Novembre (Les dernières figues de cette année)

 

無花果を八百屋さんで買って来た。
ちょっと高いけどモチーフにすると言うことで。
この品種は蓬萊柿(ほーらいし)ともいう。
うつわは松の木を削りまくった自作なのだ。

11/14/2020

expo "Lost and Found"

 





Lost and Found

西荻窪のURESICAにて11月26日(木)から12月7日(月)まで。
火曜水曜は休廊。

お気軽にどうぞ。




11/13/2020

檸檬

 

そにろきさん(呉の山の上のコーヒー焙煎屋さん)のお庭の檸檬。

初めて実った檸檬だそうで、収穫の嬉しさをわけていただいた。
鮮やかなものに目を奪われる、ヒトの色覚は遠くから果物を見つけ出すために発達したって聞いたことがある。本当かな。



11/12/2020

12.Novembre


先日、観覧車に乗った。
いつぶりだろう?

大輪とは言えない程々の大きさの観覧車で、
猫のエサの缶を立てたような黄色いゴンドラだった。
一周する間、ずっと金属部品がきしきし、と鳴っていた。
客は娘とわたししかいなかった。
安全な地上に戻るまで、景色を見ることと引き換えに命を数分だけ預ける感覚。
地上の時間の流れと違う手触り。

自宅からはちょっと遠いけれど海を挟んで見える観覧車なので(夜は電飾が輝く)
これに乗っておくことはポイントが高い。

毎日、夜風に吹かれながらのベランダで、
「そう、わたしはあの観覧車に乗った」
、と悦に入ることができる。

11/08/2020

11/04/2020

4. Novembre

 

2010


2020


同じ主題を再び。
水辺、夕暮れ、冬、漂着、南の果て、忘却。
もう少し描き加えるかも。
(描いたときはよし!と思ったのに)




10/31/2020

31.Octobre






描きかけの絵。
冬に気持ちが引かれている。
描きたいのは冷たい寂光の中のかすかな暖かさ。

10/30/2020

30.Octobre


作業場には電車で通っている。
秋枯れの無花果畑をみたくて、まわり道を歩き、いつもと違う電停に着いた。
電車を待ちながら本を読んでいると、知らないおじいさんがわたしの前に立ち止まり、すっと古びた紙を差し出した。
「言葉も喋れないし、生活保護を受けて暮らしているのでお金を貸してください」と書いてある。
価格設定がちょっと高くて2000円から3000円。
気まずい空気が漂う。あいにくか幸運か、手持ちのお札はない。
昨日スーパーマーケットで買い物をしたときにお札をカードに課金してしまったからである。小銭いれに500円硬貨があったので差し出した。
手にとってなにも言わず立ち去るおじいさん。

見知らぬ人にお金を渡すのはパリの路上で以来。
利害関係がないのにお金を渡したりすると(災害の支援金とも違う)どうしても普段考えないひとでも社会の仕組みを考えてしまう。政治がよくない、とか批判的な意味ではなくて、なぜ貨幣という頼りない紙や金属、数字を信用して、みんな苦労したり笑ったりしてるのか、というそっちである。そういうことが知りたくて地域通貨に関わったりしたこともあったし、MMTの本も読んでみたけど根源的なお金の謎はわからないままだ。今こうしてメモを書きながら聞こえる都市のノイズもほぼ全てがお金のために誰かが働いている音だ。
生活保護の高齢者単身を調べてみると65000〜80000円。これでは暮らしていけない。お金を乞われる機会はこれから増えてくるのだろうか。

都会ではいろいろな用事があり、こういう小事件があってもすぐに忘れてしまうけれど、わたしは地方都市の郊外と仕事場を往復する単調な生活。
その人は詐欺であったのかもしれないが知る由はなく、無視をしてもあとでやっぱりお金を渡せばよかったと思うだろう。
結局は罪悪感がわずかに軽減された一日をワンコインで買った、という発想で、わたしはいい人じゃない。

10/26/2020

Sans title


カスパールで

おそるおそるドアを開けて、入ってくるひとが、だんだんその場に馴染んでいくのをながめるのは楽しい。

初対面のひと、偶然居合わせた友人と話すひと。

真剣に絵を見るひと(絵をいろんな壁に掛け替える)。

ご近所話をするひと。お茶を飲み飲み遠くを見つめるひと。本を開くひと。

連れられてきたちいさな子が実にくりくりしていて、自分で食べようと思った板チョコをあげた。自分が食べるのもいいけどその子が食べるのがもっといいなあと思ったからだ。

尊敬する画家や写真家がいっぺんに来て戸惑った。

お店の外からみたらなにも見えないけど、その内側では劇場のように、目に見えない素敵なことがいろいろあって力をもらえた嬉しい二日間だった。

10/25/2020

25. Octobre



あるとき、広島のギャラリーで絵を展示していたら、ふらっと入ってきた見知らぬひとがわたしの絵をみてこう言った。

「あんた、もっとアートみたいなのを描きゃあーええのに」

わたしは即座に理解した。このひとのいうアートみたいな絵とは、多分抽象画のことなんだろう、と。

「抽象」…取っつきどころがない。何か模様のような、でもそれは芸術って言われているし、そういうのって、理解できない。
それを=アートみたいな、という。 もやもや…世間ではそういう捉えられ方ではないだろうか。

わたしもまたそうで、絵を仕事にし始めたあともそういう認識だった。
パウル・クレーもベン・ニコルソンも好きだったが、それは結局は高尚な模様みたいなものなのであろうと、そのような理解に過ぎなかった。その奥に何かあるのか?という気配は感じつつ。
その解釈が大きく変化したのはジョルジョ・モランディの絵を知ってからである。でもモランディについてはいまは書かない。

抽象画に一見似ているものにフォークアートがある。
フォークアートの紋様は、例えば漢字の起源のようにデフォルメされた、呪術的な意味が込められていたり、さまざまな魔から身を護るよう、祈りの気持ちを込めるという目的のリピート作業が形作るものと言ってよいだろう。それらはどれも深く、美しい。

一方、美術館にかけられた抽象画は個人の闘いの痕跡が醜く、生々しい。
一見美しいクレーの絵も間近で観たらとてもエッジが立っている。ピカソもまた乱暴に描いているのではなく、そこを強く意識している。ピカソの友人、ジョルジュ・ブラックの作品は、岡本太郎が批判していたように、少し趣味が良くて作品化に気持ちが傾いているものが多いかも。しかし総じてフォークアートと大きく違うのは、心地よさを拒絶するような痛ましさがどこかに必ずあるということで、(アートで生きのびていかなくてはいけないという作家の狡猾さ、かっこ悪さも含めて)そこが魅力になっている。その視点でみた場合、制作者としては狙わない限りはフィニッシュが苛烈なほどいい。えもいわれぬパッションが絵に記録されるからである。(わたしはまだそこまで行けていないが)
ていねいな暮らしの真逆。支配されない。


美術の抽象画を観て顔がひきつり、フォークアートの名品を観て顔が綻ぶ。

どうしてもそうなってしまうので、いま、人気をえやすいのはフォークアートの方に分がある。抽象を描くなら自分を一種のフォークアーティストと見立て、あるいは自己洗脳して描いた方が良いのだろうと、少しずるい考えが浮かぶ。そしてつい、そのように制作するような勇気しか持てなくなり、あまり深く考えることなく過ごしてしまう。

有元利夫を元祖として、この線でアプローチをするひとは多い。そうなってしまうのは、もしかしたら アートとフォークアートの区別を作家自身が深く考えず、混同してしまっているからではないだろうか。
わたしがまたそうだったからである。でも、ある時期から、そこにはやっぱり自分がいないのかもしれないなあ、と気づいた。なぜなら自分はフォークアートや民藝の厳しい反復のある手仕事の時を、あるいは信仰の時を結局は生きていないからだ。
ファインアートなのに、フォークアート風に作るということは、実際は祈りはないのに、何か祈っているような雰囲気で現実を欺いてしまうことになってしまうのではないだろうか。

まあ、なにが言いたいかわからなくなってしまったが、同じ抽象表現でも混同しがちなフォークアートとファインアートは成り立ち方が真逆というほど違うということだ。わたし自身もつい混同してしまうのだが、分けてみないといけない。

わたしは結局は自分は個人にすぎないのだと思い知ったので、集合意識の美は求めず、フォークではない方に行きたい。そっちの方がエゴがあって、怒りがあって、自分がいてもいい、遊べるスペースが存分にあって面白そうなのである。 そして何より「今」がある。

そこで、先ほどの通りすがりのひとの言葉が別の深い意味を持ってたちのぼってくる。

「もっとアートみたいなのを描きゃあーええのに」

10/24/2020

24. Octobre


抽象表現

たくさんの空想上の風景を描きながらも関心は印象の新鮮味だった。

それならもっと印象と直結した抽象というものに素直に向かってもいいのではないか、という気持ちが芽生えてきた。

なぜなら今日の気分、朝の気分、水の味、聴こえる音、というのは、具体的なかたちのあるモノの映像が始めから心に起こるのではなくて、そこに視えるものはまず、仄かな色面であったり、ゆらぎのあるパターンであったりするからだ。

またそれ以上に大切なのは、絵はそれ自体がそのような印象を作り出せるということだ。

絵が、みるひとにどこにもない、そのひとだけの新しい印象を想起させるように作用する。

その効力(と罪深さ)を思うとき、抽象といわれる表現ならではの表現をつくることができるかも、という手応えをつかめるような気がする。

10/23/2020

23. Octobre

 




洋梨を描いた。
先日の雑誌の果物画のコメントで、果物の糖(フルクトース)はからだに悪い一面もあるかも、というようなことを書いたけれど、その後の勉強で、早速訂正で、むしろからだに良いという説を採ることにした。
からだとたべもののことは本当に様々な意見があり、あのときは迷っていたのをそのまま書いてしまった。すこし反省している。
果物は美しいので、それがよいものでよかった。(←完全にわたし個人の中の問題の話で本当にどうでもいいね)

明日24、明後日25は葉山のbookshop kasparにおります。

10/19/2020

Nyabo Ssebo 「新鮮な郷愁」@熱海未来音楽祭2020


もうすぐ23日、 Nyabo Ssebo のライブ「新鮮な郷愁」。
いいタイトル。
熱海未来音楽祭はあの巻上公一さんの主宰するフェスティバル。その一環として。

ますます進化しているNyabo Sseboの音楽。
今回のわたしのお役目は映像提供でスタジオで作業したものを。
クレジットにはスライドとあるけど映像になりそう。
会場はエタブルのストア、東京から1時間。

こちら

*

10月23日(金)ライブ
「新鮮な郷愁」ニャボセボ
会場: EOMO store(〒413-0013 静岡県熱海市銀座町6-6 1F
(熱海駅より徒歩15分)) 

クラリネットとガットギターのノスタルジックなサウンドに、南米エッセンスや変拍子を巧みに取り入れた絶妙なアンサンブル 

開場18:30 開演19:00 出演:Nyabo Ssebo ニャボセボ    
黒川紗恵子 クラリネット 田中庸介 ギター ゲスト:神田智子(ボーカル)、nakaban(スライド提供)

10/18/2020

19. Octobre


葉山のブックショップ カスパールでの個展がはじまった。
24日と25日は葉山のギャラリーにいます。

絵を楽しんでもらうというより、ぱっと見「楽しめない」。
だからエンターテインするのとはちょっと違う。
でも、しれっと生活に馴染んでしまう絵。
子どもさんがガツンと玩具などを当てて傷がついてもそれはそれでいいかというような。(でもあまりに大きな傷はわたしが修します)
色やカタチの傾きの、おっとっとや安堵のアンバランス。
その日の「見え」の違いによって、刺激的に見えたり、包まれるような優しさになったりする画面。なんか気になる絵。
三年後には愛着がわいてるような絵。色あせながらも呼吸する絵。

…そういうふうになったらいいなあ。
わたしは見るひとをなめてかかることはしない。
そういうこととは一生無縁でありたい、とある本を作っていたとき(今、中断してますが)、誓ったのだ。

未知のみるひとがあらわれるということには畏怖にも似た感情があって、それが制作のときの緊張感になっている。

カスパールには「ことばの生まれる景色」の原画巡回展示のときに初訪問。
友人の山口洋佑さんのつくったマークのドアを開くと、落ち着いた品のあるギャラリー。
隣室の本屋さんのセレクトの良さ(としか表現できない。独特な個性)。
感激して、今度はオリジナルで展示させてくださいっ!て青木さんにお願いした。
自分にしてはせっきょくてきだった。

実現してよかった。

10/16/2020

illustration誌でnakaban+植田真 特集。







illustration誌(No228)で特集されてしまった。

nakaban+植田真 特集。こちらを 


編集長のTさんから特集のお話をいただいたときは驚いた。
うん、無理だよ。と思った。
わたしは自分の今までの仕事の全容を把握していない。
次から次へと仕事を乗り越えながらずーっと生きているし、それに結構うっかりしているので、重要なお仕事も忘れてしまったりする。
絵もあちこち何処かに散逸。この画室の中にはあると思うのだが、という状態。とにかくカオス状態なので

「どんな仕事がありますか?」

と、問われたときに整理したのをお見せできる状態ではない。

「Tさんが広島に来てくださるなら…」、と気弱にお返事差し上げたら本当にいらっしゃることになってしまった。手にはバッチリわたしの過去の仕事の領域別の項目が、さすが。わたしより把握しているかも。

インタビューのような雑談のようなたのしい数時間だった。トムズボックスの過去のほとんどの展示や本ブログの隅々までみていただいていることに驚いた。Tさんのページへの熱量。すごかった。

お送りした後、あれこれ引っ張り出してご希望いただいたのを送ったのを選んでいただいた。過去作を選びながら、昔のアルバムを眺めるように時間旅行した。(そうだ、写真撮影もすごく大変だったと思う。カメラマンさん、ありがとうございます。)

さらに、わたしにとっての恩人の方々が文章を寄せてくださることになり、恐縮した。ありがたいなあと思った。一人で仕事してるんじゃないんだよなあ。当たり前だけど。本当に時間旅行だ。

とても盛り沢山の内容で先日、雑誌が仕上がって手元に送っていただいた。

しばらくこんなのはないと思うので、本当にぜひ、ご覧いただけたら嬉しい。
テキストも多くて、なんだかいろいろ好き勝手言ってるし…。楽しんでいただけるかも?

植田さんとクロスしたページも、もちろんある。手紙のやりとりをした。記事になるの意識するはずが、いつも通りのものを送った。送っていただいた手紙はすごくいいものをもらってしまったのだけど(しかも実用アイテム)、誌面をご覧いただけたら。(宣伝)

植田さんのコーナー、彼のインタビューを今読んでいて深い感動の中にいる…。絵もやっぱりとてもかっこいい。こうして雑誌のかたちでまとまった植田さんの作品を眺めていると、植田さんは寡作な作曲家の曲のようにタッチをゆっくりと増やしていっているように感じた。そのそれぞれは「再演」されるたびに深くなっていくのだろうなあ。




「読むことの風」

 








saudade booksの新刊はアサノタカオさんの随筆集。
個展の制作が終わったら、読もうと思っていた。
アサノさんの本だったら移動しながら読みたいな、と思っていて、広島のまちを歩きながら読んでいる。

汽水域の岸辺にやってきて流れ着いた木に本を乗っけて写真を撮った。
美しい本が少し汚れてしまい、でも、これでわたしだけの本だ。

端正な装丁に負けない眼差しが言葉から伝わってくる。
アサノさんの学生時代の生き方の分岐点のこと、ブラジルでの出来事。南島。言葉をめぐる葛藤。詩人との出会い。本屋さんという場のこと(すごい考察があるので必読だと思う)。そして時にひとりであること。saudade booksの原点に触れる。
読ませていただきながら、静かに澄んでいくのに、何かをぱちぱち発火させられる感じがする。
わたしにこのころ「南」が足りない、とかすかな飢餓感のようなものを憶える。

エッセイと詩的なメモのようなテキストが交互に、少しずつ変化しながら構成されている。
出版物として世の中に向けて書かれた長文エッセイが、むしろ書いた本人の密かな決意として強く伝わってきて、個人的なメモはまたそれとは違う形で感覚的に多くの心を揺さぶるだろう。多層的な読みができる素敵な本だ。

読み進めると、エッセイの一編に本を海岸に置いて撮影した話があって、あ!と思った。
写真、真似をしたと思われる。

10/12/2020

12.Octobre

 



葉山のブックショップカスパールでの個展がもうすぐ。
パレットに使うために卵をたくさん食べた。
いろんな卵を買ってきて卵グルメ状態になった。

-nakaban expo-
Dissonance is unknown harmony

2020.10.17(sat) - 11.1(sun)
closed on Thu. Fri.
open:11:00-17:00


ひとつの色を塗り終える瞬間までその絵がどんな見え方になるのかが全く予想がつかない。
予想がつきそうなものなのにそうなのだ。とても不思議だ。
そして今まで見たことのない印象に導かれて絵ができていくんだよね。

木枠付け作業中。

10/11/2020

11.Octobre


病気を他人にうつさないためのマスク着用という「優しさ」。
しかしそれが実は水面下でひとの身体に、社会に大きな害を出しているというマイナス面「も」あることを知って欲しい。

それに対して件のコロナは餅を喉に詰まらせて亡くなる人ほどの数の死者を出していない。
ウィルスというものの人から人への感染という確たる証拠もないまま(この150年間ずっと!)騒ぎだけが大きくなっている。

ここに書くまでもなく、誰もがこのようなおかしなことに気付いていて、でも言えない。
なぜなら暗黙のルールと「プログラミングされた優しさ」が定着してしまったからだ。
そのためにもうみんなマスクを外せない。

ルールを守ることは大切だ。わたしだってもちろんそれには同意する。
しかし、政治も医学も間違えることが多いというのは歴史が示すとおり。
例えば「戦争」は、そうやって「みんな耐えて我慢してるんだから」というルールと同調圧力の中ではじまったのではないのか。


特にお店をやっていたりの接客環境で、わたしと同じような疑問を少しでも持っているひとは、余計な責任を課せられていて、すごくストレスだろうと思う。
会社員の方もそうだろう。そして子どもたちにもこういうことを強いている。ひどい話だと思う。 何とかならないだろうか。

ブログに書こうと、マスクの害とその意味のなさをつらつらと書き綴って、でもあまりに膨大に項目が多くてアップするのをやめた。(マスクをすることの利点はとてもすくなかった)

マスクに慣れすぎてしまって、一人で歩いている時も着用している人がいらっしゃる。
下にある記事を貼り付けるけど、そのようなリスクもあるので、せめて一人でいる時は外してみるのはどうだろうか。

少しづつ、例えばこうだ。組織の中にいる間はルールを守るフリをしてマスクをし一人の時はマスクをはずす。とか。マスクをつけることにいつの間にか慣れてしまわないことが大事だと思う。

もちろん健康のことは自分で調べて決めることだ。
ただし、主流の報道は残念なことに 1.ワクチン販売ビジネス 2.管理社会化 この二つに今は舵を切っているので「人の体力を削る方向」へと強いバイアスがかかっていることは頭に入れておいた方がいいだろうと思う。
マスク、消毒、孤立化。経済活動の停止。ここで偉そうに指摘することでもないと思うけれど、わたしは「削ってきてるな〜」と感じずにはいられなくて。

わたしにとって、絵も本も音楽も食べ物も大切なものだが、レベル違いに、ゴマつぶと宇宙レベルに、スバ抜けて大切な、なくてはならないものは「呼吸」だ。
大袈裟に言うと、呼吸とは地球とのシンクロであり会話であると考える。

どのような仕事もそうだと思うけど、絵だって呼吸がととのわなければいいのが描けない。
呼吸がととのわないと、考えることも億劫になってボーッとしてくる。誰もが社会のルールを守るだけで安心してしまい、根本的におかしなことを批判しなくなる。




 「酸素欠乏は永久的な神経障害を引き起こす」
Margareta Griesz Brisson:Neurologin

元記事はyoutube

https://youtu.be/pd22FGeuyog



翻訳:

"私たちが吐いた空気を再吸入すれば、間違いなく酸素不足と二酸化炭素の氾濫を引き起こすでしょう。人間の脳は酸素不足に非常に敏感であることがわかっています。例えば海馬には、酸素がない状態で3分以上過ごすことができない神経細胞があり、生きていくことができません。

急性の警告症状としては、頭痛、眠気、めまい、集中力の低下、反応時間の低下、認知システムの反応などがあります。 しかし、慢性的な酸素欠乏になると、それらの症状はすべて消えてしまいます。しかし、あなたの効率は損なわれたままで、脳内の酸素不足は進行し続けます。

神経変性疾患は、発症するまでに数年から数十年かかることがわかっています。今日、電話番号を忘れてしまったとしても、脳の故障は20年、30年前にはすでに始まっているはずです。

マスクをつけて自分の吐いた空気を再呼吸することに慣れてきたと思っている間に、酸素欠乏が続くと脳内の変性プロセスが増幅されていくのです。

第二の問題は、脳内の神経細胞が正常に分裂できなくなることです。ですから、もし政府がマスクを外して、数ヶ月後に自由に酸素を吸えるようにしたとしても、失われた神経細胞はもう再生されません。消えたものは消えてしまうのです。

私はマスクをしていない、考えるためには脳が必要だ。患者さんを相手にするときには、炭酸ガスによる麻酔ではなく、頭をクリアにしていたいのです。

酸素欠乏はすべての脳にとって危険なので、根拠のない医学的免除はありません。ウイルスから身を守るために絶対に効果のないマスクをつけたいかどうかは、すべての人間の自由な判断でなければなりません。

子供や思春期の子供にとってマスクは絶対にダメなのです。子供や思春期の子供たちは、非常に活発で適応性の高い免疫システムを持っており、地球の微生物との絶え間ない相互作用を必要としています。彼らの脳もまた、学ぶべきことがたくさんあるため、信じられないほど活発に活動しています。子供の脳、つまり若者の脳は酸素を渇望しています。新陳代謝が活発な器官であればあるほど、より多くの酸素を必要とします。子供や青年では、すべての器官が代謝的に活動しています。

子供や思春期の脳から酸素を奪ったり、何らかの方法で酸素を制限したりすることは、健康を害するだけでなく、絶対に犯罪です。酸素欠乏は脳の発達を阻害し、その結果として起こったダメージは元に戻すことができません。

子供は学ぶために脳を必要とし、脳は機能するために酸素を必要とします。そのための臨床研究は必要ありません。これは単純で議論の余地のない生理学です。意識的に意図的に酸素欠乏を誘発することは、絶対的に意図的な健康被害であり、絶対的な医学的禁忌です。

医学における絶対的な医学的禁忌とは、この薬、この治療法、この方法や手段は使用すべきではないし、使用することも許されていないことを意味します。全人口に絶対的医学的禁忌の使用を強制するには、そのための明確で重大な理由が必要であり、その理由を学際的かつ独立した権限のある機関に提示し、検証と認可を受けなければならない。

10年後に認知症が指数関数的に増加し、若い世代が神が与えた潜在能力を発揮できなくなった時、「マスクは必要なかった」と言っても何の役にも立たないでしょう。

獣医師、ソフトウェア販売業者、ビジネスマン、電気自動車メーカー、物理学者が、国民全体の健康に関することをどうやって決めることができるのでしょうか?どうか、親愛なる同僚の皆さん、私たちは皆、目を覚まさなければなりません。

私は、酸素欠乏が脳にどれほどのダメージを与えるかを知っています。循環器科医は、心臓にどれほどのダメージを与えるかを知っています。酸素欠乏はあらゆる臓器にダメージを与えます。

私たちの健康部門、健康保険、医師会はどこにいるのでしょうか?ロックダウンに猛烈に反対し、ロックダウンを止め、最初から止めるのが彼らの義務だったはずです。

なぜ医師会は、人に免罪符を与える医師に罰則を与えるのか。本人や医師は、酸素欠乏が人に害を及ぼすことを本気で証明しなければならないのでしょうか?私たちの医師や医師会は、どんな医療を代表しているのでしょうか?

この犯罪の責任は誰にあるのか?強制執行しようとする者?それを放置して、それに付き合っている者、それを防がない者?

マスクのことでも ウイルスのことでもなく あなたの健康のことでもない それ以上のことをしている。私は参加していません。怖くはありません。

気づいたでしょう、彼らはすでに私たちの呼吸する空気を奪っています。
この時間の必須事項は、個人の責任です。
私たちはメディアではなく、私たちが考えることに責任があります。上司ではなく、自分の行動に責任がある。
世界保健機関ではなく、自分の健康に責任があります。





10/06/2020

10/05/2020

5. Octobre



「物質と力をふたつの異なることばに分けることはできない。
 力は解放された物質である。物質は束縛された力である」
1893年  John Ernst Worrell Keely

昔の人の方がものを見ているではないか、と思うことがある。
キーリーは水と空気から動力を得るというエーテル・モーターを発明し後に詐欺師とされた人物である。なぜならその力はことばでは説明できない摩訶不思議なもので、本人もやはり最終的にはその仕組みを「ことば」で説明できないものだったからだ。水、空気、エーテル。そして彼の死により本当のところはわからない。

そのようなロストテクノロジーの研究者がたくさんいた20世期。
わたしは絵画も一種のロストテクノロジーだと思っているから興味深く思う。
説明したくてもできない。でもそのような力、方法は存在する。
最初に引用した言葉を読んだとき、好きだ。と思った。
なんだか絵の力の存在を肯定してもらえてる感じがする。結局はあれらの不思議を説明するには無理であるに違いないが。
あと、おいしいと思う食べ物にもその言葉を沿えたい。
美しいと思う動物、植物、鉱物たちにももちろん。
そのかたち、色の波長も動き(静止も含む)も考えてみたら力である。

不思議なことに、絵を描くときに他者に共感を求めようとすればその力は一気に弱まる。
ことば、そして感情は悲しいことに時代が進むごとにますます断片化されており、その悲劇を俯瞰できないまま語り、共感を求めようとするからではないかと思っている。もちろんこういうことをわかったふりをして書いているわたしも、もれなく断片化されているのであり、それをどうするかが今後の課題なのだ。
絵の制作においては、かわいい猫ちゃんの絵を描いてもいいけど猫ちゃんとはますます関係がないという態度が大切だと思っている。猫ちゃんの魅力は他者に共感を求めないということであるというのと同じように。話がそれたけれど。

さて、エーテルのような力がもし本当にあるとしても、実際に生活に用いようとすれば、メジャーなエネルギー供給者から圧力を受け、とんでも科学扱いが始まり、めっためたに潰されることだろう。
同様にもし、絵画を単なる雑貨のような見方で消費するのではなく、それは心身の治癒のためのツールなんだから、という主張を強くしていけば、いつかなんらかの形で攻撃を受けてしまうだろう。あの人は頭がおかしいという評判も流布される。

しかし、こういうふうに思い至ったときに余計な忖度はいらない。
芸術を特別扱いするという心理的な牢獄に入れているのがいけない。それは結局のところ「力」を弱めるということになるのだから。
そうではなくて、誰もがそれを実践し、効果を感じて楽しむ状態になったらいいのに。
つまり人と道具。結局その捉え方だけで十分なのかもしれない。そして道具は手の延長であるということを忘れないようにしたい。
最終的には芸術家という仕事なんて、なくなればいいと思う。

9/30/2020

Tangible&Visible on「Subsequence」Vol.3 !



「Subsequence」Vol.3 はアクアグリーンの表紙。
今回も巻末に今回も漫画を描かせていただいた。
ちょっと不思議な雰囲気の漫画なのだ。

この雑誌は大判で紙の手触りもよく、めくる楽しさがある。 ゆっくり読んだりパラパラ読んだり。
漫画のタイトル Tangible&Visible の「触れる、視る」というのはこの雑誌に捧げた言葉でもあるんだね。 
何回もめくってたまに創刊号や2号にも戻ったりしてみたり、ボロボロになったら格好いいだろう。

でも漫画のページはやぶらないでね。

9/29/2020

明日、9/30(水)19:00から

オンライントーク「生活工芸と雑誌メディア」

READAN DEATのトークイベント。
井出幸亮さん、菅野康晴さん、阿部純さんと。
興味深いお話が聴けるのでは。
リンク先からぜひ、お申し込みをどうぞ。

くらし系雑誌隆盛の頃のその当時の雰囲気を思い出している。
わたしはまだスタートしたばかりで仕事がきたら嬉しくてなんでもやっていた(はい今でも)。
その時に何を思っていたのだったか。
今から思い返してどう思うか。

9/28/2020

石巻にて







仙台のまちに降り注ぐ雨はちょっと嵐みたいだったけど、大きく育ったふかみどりの街路樹がきれいだった。
これから冬になっていくんだなあ。
できればゆっくり滞在しながらその様子を眺めていたい。
火星の庭から曲線へとはしごした。と書くと現代詩みたいだけどこの二つは本屋さんの名前だ。
ジャンアルプの詩集と小野和子「あいたくてききたくて旅にでる」と二冊の本を入手。
移動のバスの中ではコクコクと眠ってしまい、着いた石巻では雨はあがっていた。
駅前で南陀楼さんと勝さんに会って町を案内していただいた。
町の中心として栄えた古い百貨店だった建物の美しいタイルに目が釘付けになった。
日和山公園から観た外洋への憧れ。石巻のほの明るき路地裏の優しさ。
まだ新しい巨大な堤防に昇る。(宮城の友人からもらった大きな丸い石を衝動的に持って行ったので故郷の海を見せた)
帰りの飛行機から眺めた薄明のひかりもきれいだった。この旅でまた記憶の宝物がふえた。

いしのまき本の教室では、装丁家ではない立場なのに本の装丁のことを話すことになってしまい、どきどきしたが、自分はこの仕事に対してどう思っていたのかがわかった。
本のカバーの仕事の場合、大抵のケースではまず装丁デザイナーからの指示があるのであり、わたしはそれを楽しんでいるという気楽な立場なのだ。まず正直にそのことをお伝えした。それで、問題は指示などが何もない場合である。じわじわと本に絵をつけるなんて恐れおおいことこの上ないということが浮き彫りになってくる、その自信の無さゆえに出版社から「自由にやって」と言われてしまえば、わたしの場合、未来の本のページからやって来る言葉を待つというのが基本姿勢のようだ。

言葉を待つ。それをどうするかをプロセス化して教室で共有しようとした。

(0)その本、作家への思い入れを一旦断つ。

(1)本をアトランダムに開き「目に飛び込んできた言葉」を書き出す(複数回)
(2)冒頭のページから「目に飛び込んできた言葉」を書き出す(ひとつ)
(3)本の題名を書き記す
(4)そのペーパーを片手にエスキースを行う。(ワークショップでは時間がたりなかったが本当はここで(1)に戻ったりしながら数日くらいかけると良い)

でも、そういったメソッドはたぶん一回限りなのだ。
仕事によってその方法は即興的に毎回違う。
アイデアの呼び水を必死になってひくのだという考えが伝われば良いと思った。
呼び水の引きかたは畑や田んぼの立地によって異なるのであり、ちょうどそれと同じようにアイデア出しにおいても毎回違う。知的作業と実体作業はお互いを含む。

素晴らしい石巻の町に呼んでくださった「いしのまき 本の教室」の勝さん、阿部さん、こまきさんご夫妻、はじめスタッフのみなさん。
そして南陀楼綾繁さん。
本当に本当にありがとうございました。

しかし、教えるという才能はないなあ。今まで何回言ったか知らないけれどワークショップなんていう恐れ多すぎるお仕事はこれでおしまいにします。

9/24/2020

Dissonance is unknown harmony

 




バランスのとれた絵、などと得意げに描く時間を浪費していると大きな鳥が飛んできて魂をかじられる。
ひとつ、戒めとしてそういうことにしておこうじゃないか。

来月は楽しみだったkasparさんで個展。
ということでいそいそと描いている。
インタビューもされた。お楽しみいただけたら。

9/16/2020

石巻 まちの本棚

宮城の石巻にて、「石巻 まちの本棚」というイベントで、山尾三省の詩集「びろう葉帽子の下で」の原画を展示していただいている。
26日にはわたしもお邪魔することになって南陀楼綾繁さんとお久しぶりのトーク。だけじゃなくワークショップもすることに。なんと。
トークとワークショップのテーマは「ブックカバーを発想する」
勢い余ってタイトルを真面目につけてしまった。でもそんなに堅苦しい内容にはならないはずなのでお気軽にどうぞ。
自分にとっても久々の遠出、本好きな人たちとの出会い。楽しみにしてる。

このころまた本の装丁に関わる仕事をいくつかしていて、本を手にとって開く人たちの姿を思い浮かべている。

9/01/2020

「京都六曜社三代記 喫茶の一族」












「京都六曜社三代記 喫茶の一族」
京阪神エルマガジン社刊

取材・文:樺山聡 
写真:小檜山貴裕 イラスト:北林研二 
装丁:横須賀拓


発売されたばかり。
京都の喫茶店「六曜社」の三代にわたる物語が本になった。

息をつかせず読んでしまう本だった。時間旅行だ。
カウンターの向こうに、周りに、こんなすごいドラマがあったんだな。

3代目の薫平さんの章になるといよいよ自分の時代と重なってくるので、ちょっと感情移入して読んでしまう。

オクノ修さんの「ランベルマイユコーヒー店」の絵本をつくらせていただいた関係で、恐れ多くもわたしの文も引用されているのだ。ちょっとだけね。

読み終えるとドラマの現場に今すぐにも行きたくなる。
素晴らしい本だ。みなさんもぜひ、おいしいコーヒーと共に。


8/29/2020

29. Août



まだまだ暑い。頭がぼーっとしてくる。
描きかけの絵を少し離れて眺める。
この「眺める」という行為は、不思議なものだ。

描きかけの絵を眺める。
他のひとからみたら、画家が絵をどのように改善しようかと分析しているように見えるかもしれないが、もちろんそうとは限らない。
たいてい、眺めながらぼーっと休息したり、関係ないことを考えたりしている。

風景を眺めるとき、ひとは目の前の風景をとくに分析しているわけではない。
そこにいることをただ感じているし、あるいはそこに本当はいないかもしれない自身の不在を感じている。

それは「見る」とは性質が違うのである。しかし「見る」と連続しているようなところもある。
ひとは「眺める」ということの意味を自分で解っていなくてもつい、そうしてしまう。

個人的には、「眺める」とは、何かの対象の前に佇むような、時の流れの中の空白につい迷い込む、というようなイメージである。

ひとは「眺める」ことをじょうずに説明できない。そしてそれを使いこなせない。

8/23/2020

23. Août




最近アメリカの食養学の大家 Sally Fallon Morell氏のメルマガをとっている。
新しいブログ記事がアップされると告知が届くのだ。

コロナの記事も多いが、役立ちの栄養学の話が多い。
彗星と伝染病がテーマの記事や、長寿についての名著「ブルーゾーン」の土地をめぐる記事があったり、面白い。

英語はあまりできないのでDeepLで読んでいる。
外国語を読むのはつらいけど、医学の本とかフランス語の哲学とか、和訳のほうが漢字や熟語が難しくて、むしろ外国語のほうがわかりやすいのではと思うことも。ほぼ翻訳ツールで日本語にして読んでるので偉そうなことは言えないけどね。

今日届いたのがタイムリーにも、パスツールと炭疽病の記事。
この頃考えていたワクチンの起源のあたりのことだったので読んでみたぜ。(←)  


医学は昔は多数の選択肢があった。 
ナチュロパシー(Naturopathy) 自然療法
オステオパシー(Osteopathy) 整体療法
ホメオパシー(Homeopathy) 同種療法
サイコパシー(Psychopathy) 心理療法
アロパシー(Allopathy) 薬物療法
ピクトセラピー (Pictotherapy)  絵画療法

ごめん。最後だけ嘘である。

昔は患者はそのどれに診てもらうか選べるようになっていたのだが、時代が下るにつれ、アロパシーが一番儲かるので、金とパワーを持ちすぎて今に至る。

それ以外は代替医療とされ、さらにその座も追われ似非医学とされるのは科学の発展による影響が大きいが、これは仕方がないことでもあるかもしれない。なぜなら証拠があるものは強く、自然の恩恵といった目に見えない証拠のないものは今の紋切り型教育社会では弱者だからである。

また、20世期のある時点で製薬会社のオーナーともなったR家の石油王 (薬は石油で作られる) がメディアを駆使し徹底的に他の療法を潰したから、という要因も大きい。

病院が好きな人は少ない。病院がちょっと怖いと感じる理由には、案外そういう歴史の闇の部分を感じとってしまうから、というがあるのかもしれない。
あるいはお金のことばかりで本当に治してくれるのかしら、とか。

もちろん病院に行けば診てくれるお医者さんや看護師さんには感謝している。その人たちの気分を害したくて書いているのではないのだが。

表舞台から追われた医療と目下一人勝ちのアロパシー。
その運命の分かれ道はパスツールの炭疽病ワクチン実験、Pouilly-le-Fortの実験(1881年)だったのではないだろうか。


Sally Fallon Morell氏のブログより

Anthrax, Arsenic and Old Lace  元記事  
炭疽菌と毒薬と老嬢* 


炭疽病は、炭疽菌という細菌によって引き起こされる感染症である。
皮膚、肺、腸、注射の4つの形態で発生する。症状は、感染してから1日から2ヶ月以上経過してから始まる。 

皮膚型では、特徴的な黒い水疱が現れる。
吸入型は、発熱、胸痛、息切れを伴う。腸管投与の場合は、血液を含む下痢、腹痛、吐き気、嘔吐を伴うことがある。 注射剤の場合は、発熱と注射部位の膿瘍を伴う。

炭疽菌は、しばしば感染性の動物製品に含まれる細菌の胞子との接触によって広がる。 接触は、呼吸、食事、または皮膚の損傷部分を介して行われる。 炭疽菌は通常、人や動物の間で直接感染することはない。

稀な病気ではあるが、人間の炭疽菌は、発生した場合、アフリカと中央アジアおよび南アジアで最もよく見られる。 炭疽菌が皮膚に感染した場合は、かくれ者病として知られています。歴史的には、吸入性炭疽菌は羊毛を選別する人の職業病であったため、ウール・ソーターの病気と呼ばれていた。

バチルス・アントラシス(炭疽菌)は、約1×9μmの大きさの棒状のグラム陽性の遊走性嫌気性細菌である。 通常は胞子状になって土壌中に存在し、この状態で何十年も生き延びることができる。

今日では、先進国では感染した動物がほとんど残っていないため、この感染形態は極めて稀なものとなっている。2008年11月には、未処理の動物の皮を使って仕事をしていたイギリスの太鼓職人が炭疽菌の吸入により死亡した。

炭疽菌は、19世紀のフランスやその他の地域で大きな経済的課題となっていた。羊は特に被害を受けやすく、ワクチンの製造を調査するために国家資金が投入された。

ドイツ人のライバルであるロバート・コッホが原因物質である炭疽菌を発見(1876のこと)したと主張した後、ルイ・パスツールはこの研究に数年を費やした。

1881年5月、パスツールは、彼の予防接種の概念を実証するために、Pouilly-le-Fortで公開実験を行いました。

25頭の羊、1頭のヤギ、数頭の牛の2つのグループを用意した。

一方のグループの動物には、パスツールが用意した炭疽菌ワクチンを15日間隔で2回注射した。最初の注射の30日後に、両群とも生きた炭疽菌の培養物を注射した。
ワクチンを接種していないグループの動物はすべて死亡したが、ワクチンを接種したグループの動物はすべて生存した。
この明らかな勝利は、地元や国内外のマスコミで広く報道され、パスツールを国民的英雄とし、医療現場での予防接種の受け入れを確実なものにした。


これが公式な話だ。
では、もう少し詳しく見てみよう。


ジェラルド・L・ガイソンが著書『ルイ・パスツールの私学』の中で分析した彼の個人的なノートと、白熱した新聞報道を比較すると、パスツールの公の勝利は違って見える。19世紀のフランスでは、炭疽菌が家畜、特に羊の間で大きな問題となっており、ワクチンを見つけるための努力は、ルイ・パスツールをはじめとする当時の科学者たちを、栄光と金のための熾烈な競争に駆り立てた。

パスツールは、すべての病気の原因は微生物ではないにしても、ほとんどの病気の原因は微生物にあるとする細菌説を推進した。この細菌説によって、科学者たちは、細菌を弱めたり、弱めたりした形の細菌を含んだワクチンで病気を素早く治すことができるようになった。

炭疽菌のワクチンを見つけるためのこれらの初期の試みについて読むと、モンティ・パイソンと愚かな科学省のイメージを思い起こさせる。

一部の科学者は、微生物を毒、重クロム酸カリウム、または消毒剤であるカルボン酸にさらすことによって、「減衰」(弱毒化?)を試みた。別の者は、感染した動物の血液を加熱して、感染していない動物に注射することで減衰したワクチンを作ることができると考えた。

ある者は鶏ガラスープの中で細菌を煮ることを支持し、ある者は尿の中で細菌を煮ることを支持した。

パスツールの同僚の一人は、炭疽菌の培養物をガソリンの蒸気にさらすことで「萎縮」させようとしました。パスツールは、炭疽菌を「大気中の酸素」に晒すことで、炭疽菌の病原性を破壊しようとしたが、これらの理論はすべてジョン・クリーゼのような重厚さで追求された。

これらの英雄たちにとっては残念なことに、どのアイデアもあまりうまくいかなかった。

パスツールのライバルである獣医のトゥワッサンは、加熱血液に着目し、当初は有効なワクチンになると主張していた。しかし、その後、実験動物を死なせてしまうなど、結果に一貫性がないことに気づき、カルボリック酸を加えるようになったが、これも期待に応えられなかった。パスツールはノートの中で、ウサギ、モルモット、サル、犬を使った実験でこのような結論が得られなかったことに不満を表明している。

魔法のワクチンはつかみどころがなく、パスツールは「1880年1月に炭疽菌ワクチンの『発見』を発表するには、例外的にほとんど実験的根拠がなかった」(Geison、167ページ)。 パスツールは1881年2月にも同様の発表を行い、3月には羊を使った予備実験で成功したことを報告している。ガイソンの報告によると、「......パスツールの公表報告書の大胆な自信に満ちた口調は、新しいワクチンの実験結果を誇張していた。実際、彼の実験結果は『明らかに結論が出ない』ままであった。(Geison, 170 ページ)。しかし、パスツールは、同僚たちの落胆をよそに、Pouilly-le-Fortの挑戦を「衝動的に」受け入れ、1881年4月28日に詳細で厳しい実験計画書に署名したのだ。 

もう一つの問題は、パスツールが研究していた病気に関連した微生物、例えば炭疽菌や狂犬病を注射して動物を病気にすることができなかったということだ。
炭疽菌の場合、健康な動物を病気にして死なせるためには、"病原性炭疽菌 "を注射しなければならなかった。パスツールは、「病原性」微生物を他の動物を介して生物を「連続的に通過させる」と呼ばれる方法で、より病原性の高いものにした-炭疽菌の場合には、彼はモルモットを使用した。

炭疽菌に関連した微生物を注射し、動物を犠牲にして、その血液や組織を注射し、おそらくカルボリック酸や重クロム酸カリウムなどの毒物を混ぜたものを別の動物に注射した。
こうして、彼は "病原性炭疽菌 "と呼ばれるものを考え出したのです。狂犬病については、「狂犬病の犬から無菌状態で抽出した大脳物質」を注射し、穴を開けて健康な犬の脳の表面に直接接種することで、病気の症状を作り出すことができたのである。狂犬病の犬から無菌状態で抽出し、頭蓋骨に穴を開けて健康な犬の脳の表面に直接接種した。この治療法は、時には犬が口で泡を立てて死ぬようにした(Geison、189ページ)。

炭疽菌の実験で挫折していたパスツールは、医学アカデミーに誘われてPouilly-le-Fortでの有名な公開実験に参加することになった。ライバルのトゥワッサン(ただの獣医で、真の科学者ですらない!)の息のかかった彼の敵は、成功不可能であろうと判断した実験のプロトコルに彼をサインさせたのである。

Geisonは、パスツールが使用したワクチンの性質について、特別な理由はなかったものの、意図的に国民を欺いたという事実を大きく取り上げている。 プロトコールには、パスツールが動物に接種するワクチンの種類が明記されていなかった。 パスツールは、鶏コレラのワクチンをどのようにして作ったかについても、以前にも同様に慎重だった。

重要なポイントは、彼の初期の実験とは異なり、Pouilly-le-Fortでの実験は完璧に機能したことです。ワクチンを打った羊はすべて生き、ワクチンを打っていない羊はすべて死んだのだ。勝利!

パスツールはズルをしたのか? パスツールのノートによると、パスツールは時に不誠実であり、不誠実であったことがわかる。彼はまた、自分の利益を守るために非常に積極的で、操作とレトリックで何人かの敵を破壊した。

ワクチンを接種していない羊の死は簡単に説明できる。
彼は「病原性炭疽菌」を使った、つまり毒を盛ったのだ。 ワクチンを打った羊には? それら全て。 

ワクチンを接種した羊たちに「猛毒の炭疽菌」を注射したのか、それとも動物を殺すには至らなかった「単なる炭疽菌」を注射しただけなのか。

フランス人が言うように
"Il y avait quelque chose de louche"
何か怪しいことが起きていた。

(訳注:もちろん、このあたりは憶測で書かれている)

そのテストの後、パスツールの研究室に炭疽菌ワクチンの供給依頼が殺到した。しかし、パスツールと彼の助手たちは、使用したワクチンの種類についての詳細を明かそうとしなかった。それにもかかわらず、パスツールの研究室はすぐに商業的炭疽菌ワクチンの製造を独占し、積極的に外国への販売を追求した。パスツールと彼の研究室は、1880年代半ばに炭疽菌ワクチンの販売で年間13万フランの純利益を得た。

問題は、パスツールが不正行為をしたのではないか、と疑われるもう一つの原因は、ワクチンが効かなかったことだった。

「Pasteur: Plagiarist, Imposter パスツール : 盗作者、偽者」の著者のR.B.ピアソンは、パスツールがフランスの町から、また遠くハンガリーから、前日にワクチンを打った死んだ羊の死体が散らばった畑の苦情の手紙を受け取るようになったことを指摘している。 ハンガリー政府によると、「最悪の病気、肺炎、カタルーニャ熱などは、もっぱら注射を受けた動物を襲った」という。

トリノで行われた1882年の裁判では、予防接種は無価値であることが判明しました。ロシア南部では、炭疽菌ワクチンは、それを受けた羊の81%を殺した。

ワクチンの使用は徐々に衰退した。しかし、ここに不思議なことがある。
炭疽菌の発生も衰退したのだ。今日では珍しい病気になっている。では、19世紀の間、動物、主に羊の死の原因は何だったのだろうか? 

羊のディップ(羊の体を洗う消毒薬)について考えてみよう。世界初の羊のディップは、1830年にスコットランドのコールドストリームのジョージ・ウィルソンによって発明され、製造されました。 最も成功したブランドの一つは、1852年にイギリスの獣医外科医であり、実業家でもあるウィリアム・クーパーが開発したクーパーズ・ディップである。

クーパーのディップには、ヒ素の粉末と硫黄が含まれていた。粉末は水と混合しなければならないため、農業従事者はもちろんのこと、ヒ素溶液に浸した羊も中毒になることがあった。

ヒ素中毒の症状は、黒い皮膚病変が現れるなど、「炭疽病」とよく似ています。炭疽菌と同様、ヒ素も皮膚接触、吸入、消化管を介して中毒を起こす。注射にヒ素が含まれていると、その部位に病変が発生するのだ。

今日のシープディップにはもはやヒ素が含まれていないため、炭疽菌は姿を消してしまったが、開発途上国ではまだタンニンなめしなどの工業工程で炭疽菌が使われている。

真の謎は、なぜ当時の科学者たちが炭疽菌とヒ素の関連性を明らかにしなかったのかということである。フランス人はヒ素のことをよく知っていたからだ。医者や薬剤師にはヒ素の粉末が用意されていたし、フロベールのベストセラー小説『ボバリ夫人』では、ヒロインが一握りのヒ素を飲み込んで自殺するシーンが描かれている。 フラウベルトは、美しいボヴァリー夫人が死ぬときにできる黒い病変をありありと描写している。

科学者や獣医、医師たちは、新しい細菌説に目がくらんでしまい、毒と病気を結びつけることができなかったようだ。
パスツールは1895年に死去したが、すぐに医学の第一級の聖人としての地位を確立し、新聞は古いレースの匂いのする(?)版画を掲載し、彼を称賛し、彼のフラスコとビーカーを祭壇の上に置き、感謝する崇拝者がそれらの前にひざまずいた。
科学は新しい宗教となった。 

現代の描写ではパスツールは "数十億人の命を救った男 "と呼ばれている。
しかし、パスツールには命を救ったという充足感はなかった。晩年は衰弱して悲しそうな顔をして過ごし、自分の欠点は目の周りに深いストレスと心配の線として刻まれていた。

炭疽菌は世間の意識から消え、炭疽菌ワクチンも停滞していた。
9・11の数週間後、有名なメディアのメンバーと2人の上院議員に送られた有名な炭疽菌の手紙事件まで。 少なくとも22人が病気になり、5人が死亡しました。遺伝子検査(細菌の分離ではなく)で炭疽菌の胞子が検出されたが、粉末のヒ素検査は誰も行っていない。

炭疽菌ワクチンへの関心が再燃した。 従来の情報源によると、現在使用されている炭疽菌ワクチンはすべて発疹、痛み、発熱などの反応を引き起こし、重篤な副作用が約1%の受給者に発生するという。数十年間ほとんど使用されていなかったこのワクチンは、軍人のような「リスクのある人」に使用するために廃棄された。兵士は、5回連続でワクチンを接種し、毎年ブースターを受ける。

軍人のための義務的な予防接種は、ワクチンの安全性と有効性に挑戦した法的差し止め命令によって2004年に停止された。

しかし、ワクチンが安全であった、と主張する2005年のFDAの報告書の後、国防総省は、20万人以上の軍隊と防衛請負業者のための義務的な炭疽菌の予防接種を復活させた。


終わりに:
科学者たちは、特定の細菌が土壌中のヒ素を「生物学的に修復」することができることを発見した。 これらのヒ素抵抗性および/または蓄積性のバクテリアは、「汚染された土壌に広く存在し、ヒ素で汚染された生態系の生命的浄化の貴重な候補である」という。自然は常に解決策を持っており、ヒ素の場合、その解決策はある種のありふれた土壌細菌である。ロバート・コッホによって最初に分離された「敵対的な」炭疽菌は、動物や人間がヒ素と呼ばれる毒に遭遇したときにはいつでも現場(または体内)に現れて、実際には有用な修復生物であるという可能性を考慮する必要がある。

(ここまで )

*毒薬と老嬢 Arsenic and Old Laceという映画があったようで。 Arsenic はヒ素の意

** Pouilly-le-Fort フランスの町 パスツールはヒッポリット・ロシニョールの農場で炭疽菌に対する羊の予防接種のデモンストレーションを行った。) 




8/19/2020

19. Août

 


いつ描いたのか覚えていないスケッチ。
挿絵仕事の合間に電話ボックス?
忘れ去られたかのように草むらの中だ。
屋根にも雑草が生えている。



8/18/2020

自分の時間を。



ときおり、あまりにくだらない話題が世間にもち上がるのはどうしてだろう。

例えば、アベノマスクとか、イソジンとか、芸能のニュース。そういうのである。

けっしてA首相たち政治家が愚かなのではない。

げいのーじんやメディアが愚かだからではない。

あれは、わざと些末なことで不毛な議論をさせ、わたしたち(Folks)のこころを疲弊させ、お母さんから与えられた貴重な時間…つまり人生を削っているのである。

それぞれの大切な使命から目を逸らせているのである。メディアが悪?そうとも言い切れない。わたしたちも進んでそういう議論に入りたくなるし、もっと全体的なぼんやりした悪いもの。人生を削っているのは、結局自分自身。

しかしとはいえ、やはりメディアは悪い。なんというか、そういう撒き餌のようなものとしての報道ばかりになっているこの頃。

些末で不毛な議論に熱くなった後の虚しさを纏わせ、判断力は奪われて、いつの間にか経済は麻痺してしまっていて、最後には極度の管理社会化とDNAワクチンだろう。

不毛な議論といえば、コロナ騒ぎ自体が火を見るより明らかなそれで、わたしも最初はいっぱしに怖がっていたがこの頃はすっかり醒めてしまって、もう「同じ議論のテーブル」につきたくないと思っている。

ウィルスの歴史を学ぶと…ね。




8/16/2020

16. Août

 

(描きかけの絵)

4本の糸杉はいつものように揺れている

遠くの蛇行した道を自転車がさっそうと駆け抜ける 

どこか遠くでかすかに缶詰が開く音

土に埋まったガラス瓶の冷たさ

雲は思わず近づきすぎて 手を伸ばせばすぐそこに






8/12/2020

12. Août



マスクせぬもの、人にあらず。

相変わらず素顔なので人さまの視線も怖ろしく、ねずみ忍者のようにシュッシュッと移動している。木陰から木陰へ(それは涼んでるだけ)。

この総マスク現象はなんだろうというと「そりゃ、他人にうつさないためだよ。マスクしろ!」という答えが返ってくる。

あるいは醒めたひとは「一種のお付き合いさ」というだろう。

ふと思い出したのだが第3の答えとして。

人にはミラーニューロンという神経細胞もある。

Mirror neuron 

動物の本能として、他人を真似てしまう神経細胞があるのだという。

ミラーニューロンという言葉を数年前に知ったとき、学問はここまで進んでいるのかと感心していたのだがすっかり忘れてしまっていた。

同時期に学んだアフォーダンスという言葉も思い出した。

affordance

マスクというのは顔と密着しているのでいわば大きな環境の変化である。

環境の変化はその人のアフォーダンスを無意識に大きく変化させる。





8/07/2020

7. Août



仕事場に蚊がいる。

蚊はもちろん嫌いだ。

でも、ふと思うことがある。
あんなにもたくさん発生している意味。非常によくできた蚊の身体のデザイン。
吸血するときの針が微振動しているとか、そういう特殊な仕組み。

ここまでのことをするには何かの意味があるに違いない。

わたしは、蚊はある種の天然の予防接種を打っているのではないかと思っている。
あるいは何らかの情報の伝達交換。
これらのことが10年後くらいに解明されるのではないだろうか。
他の昆虫の大量発生も怖いけれど、そういう現象にも何か知られていない深い意味があると…。

だから今試みられているような蚊の遺伝子をいじって絶滅させるとか、そういうのは何か違うような気がする。





8/05/2020

5. Août






広島市こども図書館のご依頼でレジャーシートの図案を描かせていただいた。
お外で本を読んだりとか、イベントで使われるそう。残念ながら非売品。

図案には悩んだ末に入れなかったのだけど、制作中にある言葉に巡り合った。

“Once you learn to read, you will be forever free.”
「ひとたび、読むことを学べば、永遠に自由になるだろう」
Frederick Douglass


その言葉を糧に制作した。









7/31/2020

31.Juillet





鳩の美しさには以前から着目していたのだがいつも通り過ぎてしまう。


このまえ、鳩をアップルペンシルで描いてみたら上手く描けなくて散々だった。
それでもグリグリと苦し紛れに塗っていると、詩人のアーサー・ビナードさんが自転車でやってきて、ipadの画面を覗き込んで「鳩だねえ」と言った。
わたしは「鳩ですね」と言うしかなく…。

忙しいアーサーさんだけど街で時々お見かけすることがある。おいしそうな人参を持って歩いていたり誰も見向きもしない草薮の中の石碑の説明文を読んでいたりする。

アーサーさんがお話を書き、スズキ・コージさんが絵を描いた、「そもそもオリンピック」という新しい絵本が出た。最高なので、ぜひどうぞ。

7/28/2020

28. Juillet



Ma nuit seule

7/25/2020

25. Julliet



このころ風景の中で一番変わったのは、人々がみんなマスク姿になってしまったこと。
マスクってなんなんだろう。マスクについて考えている。

マスクやソーシャルディスタンスは思いもよらなかった場に突然出現した壁で、それはヴィルスの何百倍も脅威に育っていくのではないだろうか、というのがわたしの仮説。

壁は見えなくさせる。
その向こうの情景は察せないので、恐れと敵意が大きくなる。
表情を読み取ることができなかったり、隠れているものを恐れるのはひとの本能。
でも、歴史を学ぶとわかるのだが、恐れと敵意こそは不幸が最も好むものである。

壁はまた距離でもある。
壁があると、頑張ってよじ登るか、遠回りしなければいけない。

隔たりは記憶や想像、つまり心の中のはたらきによって克服できる、とされるかもしれない。けれどもそのようなはたらきの力の源泉は何だろう。
それは実際に対象に会い、触れるということである。
つまり手触りや声の振動、そこに居る事実を感じて心を震わせることである。

ひとの体験は一生続くなどと、おめでたい考えは持っていけない。
感動は食べ物のようなもので、常に食事のように供給され続けなければいけない。
(音楽のライブに行けない、と言って泣いているあなた、それはきっと正しい)

今は危機だ。
誰も気づかないうちにみえない「泉」が枯れはじめている。



7/23/2020

「工房イサド」の「夏草」展


本日より。

京都のnowakiで「工房イサド」の「夏草」と題された展覧会。
気鋭の作家さんに混ぜていただき、わたしもイサドの額にふちどられるべく版画を制作させていただいた。
「夏草」ってイサドの本田さんらしい野山をめぐる少年的なタイトル。
ひとつひとつ絵と対峙して額を制作しておられ、どれも特別な品になっているはず。是非どうぞ。 こちら 


工房イサド+版画・板絵展ー
「夏草」7/23(木祝)-8/10(月祝)
open:11-19時
close:28・29・4・5
*23・24・25日の入場を予約制とさせていただきます。
お名前/人数/当日連絡のつく電話番号をお知らせください。

工房イサドさんの額縁は、木の種類や古材など、
それぞれの材の持つ魅力を見立てて作られています。
今回は6人の画家に版画・板絵でご参加いただき、
実際に作品が入るものとしての魅力をご紹介したいと思います。

木工:工房イサド
版画:片桐水面・さかたきよこ・正一・タダジュン・nakaban
板絵:ユカワアツコ





7/22/2020

22. Juillet



このところすっかり植物栽培に夢中になってしまっている。
ただしお庭はないので鉢植え。
 
大きな声では言えないけれど50鉢はあるだろうか。 
土を触りまくりたい。植物の樹液でかぶれたりしたい(←変態)。 
そういうのってどこかこのころの消毒社会への無意識な恐怖心があると思う。バランスをとっているんだろうと。 
この前会った友人も畑が欲しい、と言っていた。
 
土の世界はいうことをすんなり聞いてくれるわけではなくて、予想外のことがたくさん起こる。しかしその驚きがなかなかにリアルな感触である。大事に育てていた果物がカラスに突かれて腐っていたり、そういうことが悔しさもあるけどなかなか面白い。
 
さて、いろいろ育ててみる中で元気のない鉢がある。研究のつもりでひっくり返すと、そういう鉢はたいてい、土の配合のミスで粘度系の要素が密集していて息苦しそう。そういう土にはパーライトとか籾殻を混ぜてみる。
 
また、苗木を買った時に入っている鉢にはスリット鉢というのがあって、緑色のゴシック尖塔のような不思議なデザインなのだけど側面に隙間が開いていて空気が出入りするせいかとても植物がよく育つ。なので普通のプラスチック鉢にも火で炙ったカッターで穴を開けてみたりもする。根っこの気持ちのことなんてあまり考えたことはなかった。(しかし土があまりふわふわだと根っこが張っていかない、など、難しいものである。)
 
最初は肥料とか、PHにこだわることが栽培には大事だと思っていたけれど、半分以上は呼吸へのこだわりであろうと思う。答えはゆっくりと植物の育ち具合として帰ってくる。でもすんなりとはいかない。

7/19/2020

BRUTUSの表紙


発売中のBRUTUS最新号の表紙絵を描かせていただいた。

ブルータス No. 920 最高の朝食を。

食べ物の絵は時々描かせていただいているけど嫌になるほど才能あるな、と苦笑してしまう。
「味覚」「嗅覚」「触覚」は感情移入しやすいというか、心にダイレクトタッチだから悩まずに無心に描ける。
鮭の色とロゴの色を合わせてくれたのが嬉しかった。
本屋さんなどでチェックしていただけましたら。

7/16/2020

16. Juillet



"O Sol"



久しぶりのおひさま。
こんなにありがたいとは思わなかった。

この絵は一年くらい決まらなかった絵で、塗り跡もでこぼこ。
今日、手前の明るい植物を描き足して一旦の完成ということに。

最近、たくさんの植物を育て始めたので日光をとても意識している。
陽に透かして見える葉っぱは美しい。

人にもこの光は必要だ。
外に出て100000 lxの光を浴びよう。



7/07/2020

7. Juillet


Le musée (ébauche)
Le musée (ébauche)

6/28/2020

風景の絵は果てしなく続く連作かも



caloでの展覧会の絵のエピソードを少しづつ店主の石川さんに送っている。
描きながら思ったことと、自分でその絵をあとから眺めて思ったこと、などいろいろと。


風景の絵って長い長い連作なので、ひとつの絵に描かれた場所は他のすべての絵の場所に繋がっている。
それは私が生きて描いている限り拡張されていく。
建物は陽に灼けて、木は育っていく。
一枚の絵を持っている人はずっと楽しめるかも。
行ったり来たりできるのだ。



6/17/2020

アダンソニアの包装紙





photo: Adansonia

福岡の糸島にある海辺のレストラン「アダンソニアAdansonia」のための包装紙。
la notte と il giornoの2種。

ところどころに2種共通の登場人物がちょこちょこ隠れていて、探したり楽しんでいただけたら。
これは店主の前田さんのアイデアなのである。

写真はイベントに出品されたランチボックスのようだが、お菓子の包みなどに今後使用されるのだと思う。
と書いていたら追加の写真が届いた。


Wow... おいしそ。
これはお菓子セットだね。
福岡の人は美味しいものを食べ過ぎだと思う。笑


6/14/2020

online exhibition





at the website of calo bookshop.
Days until Saturday 4. July 2020.

Passion for painting.

大阪で行われているcaloでの展覧会をonlineで。
会期と同時に終了。(~7/4)



6/10/2020

10.Juin




Caloでの展覧会がスタート。http://www.calobookshop.com

このころはお客さまも少ないと思われるので静かな時間を楽しんでいただけたら。
本展示はもともと予定されていたとはいえ、パンデミック第二波の到来する前のオアシスのような貴重な時期にあたり、こうして開催できた。幸運としか言いようがない。

今は華のあるイベントはできないが、もともとわたしは展覧会ではただ絵を見て欲しいと考えている。
おいしいフードのあるイベントもいらないし、音楽のライブもいらない。
ワークショップも行わない方が良いなと思っている。
いろいろ考えてくださるギャラリーには申し訳ないとは思うがやっぱりこう思ってしまう。

静かな感じでとつい言ってしまうのは何もお高く気取っている雰囲気を要求しているわけではなく、絵を制作している現場の時間感覚を少しでも会場に持ち込もうと考えているためである。(ここは場を持っておられるギャラリーとわたしの価値観のぶつかりどころだろう。笑)

「マルメロの陽光」という映画があって、おそろしく退屈な映画なのだが、その絵画の時間とも呼べるべきものをビクトル・エリセ監督は意識的にとらえていた。この速い時代になってもわたしはやっぱりこの時間の流れ方がいい。もしかしたらコロナの件で立ち止まる時間ができて、こっちの方が好きだということに気づいた人もいらっしゃるかもしれない。

絵を描いてしまうと愉しいもので一種の孤独中毒になってしまう。
友人は画材とオブジェと光線だけ。
でも逆説的であるが、絵を通して人々とむしろありありと出会うために描いているのかもしれない。

6/06/2020

「仮額」






今度の展覧会もいつものようにぎりぎりの宅急便に間に合った。
と、いいつつ大きなの二つがまだ未完成だ。
これらは手持ちでcaloに運ぶ。

展示制作の終盤にもなると画家というより額縁屋さんになる。
写真の絵のこの額装方法のことをわたしは「仮額」と呼んでいる。
画家が自分のアトリエにかけておく、制作途中に眺めるための仮額装。
いや、「額装」とはいえないほどのシンプルさであり、要は細切れの板を側面に貼ってあるだけのものだ。

「仮額」は古今の作家のアトリエの写真集にも見られる。
なかなか素敵なので、こういうのってどこで売っているのだ?と調べたけれど、そんなの売っているはずはない。板を買えばいいだけだ。
わたしは粗末ながらも自由な感じのこの仕立て方が好きで、2月の「さかむら」での展示でも使った。

周囲の板は釘に少しの接着剤をつけて刺して留めてあるだけにしてある。
なので描き直したいなと思ってもすぐに外せる。
絵を買った人でも外して額に入れたいなと考える人もいるかもしれないし。

そういえば阿部海太さんもこの額で展示していた。やっぱりこれだよね、と盛り上がった。
そしてこの額装方法は思わぬ利点もあった。この板の出っ張りのおかげで油彩の絵具が乾いていない状態でも運びやすいのだ。なので例えば野外で絵を描くときにも良いだろう。まあ、ただし板を打ち付けてしまうと隅っこのところは塗りにくいけれど。

さて、今回のcaloの展示はすべてこの方法で。
古材のものと、新材の2種を試している。
新材の方は少し浮いているけれど年月と共に木も馴染んでゆくだろう、と希望的解釈。

明日は二枚の絵といっしょに新幹線に乗る。


6/02/2020

Invitation!



nakaban Solo exhibition 2020

大阪のcalo bookshop and cafeでの個展。6/9-7/4
550-0002大阪市西区江戸堀1-8-24 若狭ビル5階 12:00~19:00(土曜は~18:00) 毎週日・月曜休

油彩の近作をCaloのあの明るい部屋に飾らせていただく。

気軽にどうぞ。
大阪の地下鉄の肥後橋駅から徒歩数分、淀屋橋の駅からも近い。
展覧会の看板を確認し、エレベータを登り、ちょっと重たい鉄製のドアをぐぐっと開ける。
素晴らしい書店。

5/31/2020

31.Mai





L'ancienne serre est restée intacte.

町外れのこの一角の、小さな階段を降りた中庭に、旧い市の共同温室があった
苔に覆われた木々に見守られ、安心しきったかのようにその温室は眠り続けていた
(通行人は誰もその温室には興味を示さないで、チラッと見ただけでそこを通り過ぎる…)

その旧さにもかかわらず、温室の硝子はひとつも割れていなかった
つまりそこだけは雹にも降られることはなかったし そこに石を投じようとする者もいなかった

擬似的な熱帯の夜気のひそかな蓄積 それと外部の空気とのあきらかな断絶が
その温室にどこか触れ難い特別な印象を与えていた


5/29/2020

29.Mai


マスクを着けるとわたしは注意散漫になるようで、十字路で二度ほど車にはねられそうになってしまった。
それにマスクをしたまま料理や工作をしていて刃物で手を切りそうになったこともまた一度や二度ではない。

マスク着用という口鼻塞ぎが五感の他の部分に制限的な影響を与えるのは興味深い。
しかしわたしにとってはそういう微細なことであれど感覚の制限は一大事なのである。
浮かぶアイデアも捕まえられなくなるのである。

なので、マスクをつけない暮らし。
その方向で生きていく可能性という選択肢を採ることを視野に据えることもやぶさかではないのではないかと考えている。
まあシンプルに言えば、自分の吐く二酸化炭素をあまり吸いたくないだけかもしれない。だけど、それによって感覚の疎外が起こるのはやはり大いに予想できることである。社会は個人に生命にとっての呼吸という権利の重大問題をコンプライアンスとして押し付けてしまって良いのだろうか。そのような疑問が街を行き交う人びとを見ながらふつふつと浮かんでくる。
繰り返すがマスクは五感に制限を与えると思う。さらに言えばそれは直感、霊感にも影響を与える。宇宙の神秘、聖なる呼吸の流れをマスクというものが堰き止めるからだ。知らんけど。

わたしは才能の枯渇をマスクのせいにしたくない。アイデアというのは散歩したり買い物したり部屋の外を歩いているときに降りてくるものなんである。

とはいえ、このご時世でこのような態度でいるのはひとさまの視線が痛いものである。
このままでは都市で生きにくくなりそうだ。
それも時代の変化で良い機会かもしれず、仕事場を少し都市部から離れたところに引っ越してみようかしら…と夢想している。

5/27/2020