12/04/2021

expo:「nakabanの画板」


熊本の「さかむら」で展示をさせていただく機がまたまた巡ってきた。
久しぶりに自分でDMのデザインしたけど、やっぱりミスが。
サイトのアドレスが.com.jpってなんでだ。誤植です。申し訳ない。
坂村さんには内緒にしておこう。

今回はまた新たな気持ちで風景をたくさん描いている。
ダーラナのように風景と会話しながら歩いているような感じだ。

「nakabanの画板」
2021.12.20 (月) 〜 2022.1.22 (土)  
11:30〜21:00 日曜休
〒860-0842 熊本市中央区南千反畑町5-15 
電話  090-9397-6501 




11/25/2021

「バスにのるひ」

 


「バスにのるひ」
はせがわさとみ:作 nakaban:絵
編集:トムズボックス
book design: 坂川朱音(朱猫堂)
絵本塾出版より11月末発売



11/22/2021

22.Novembre


恵比寿、ギャラリー山小屋、まだ設営中。いよいよ明日から。自転がはじまる。途中の劇場 

11/19/2021

19.Novembre

あたらしい絵本「ダーラナのひ」が無事にできあがった。

編集は偕成社の丸本智也さん、デザインはtentoの漆原悠一さん。
素晴らしいチームだった。頼りまくり。ありがとうございました。

果たして本屋さんに置いてもらえてるのか現実感はないけど、お見かけたとき手にとってめくっていただけたら嬉しい。

kaisei web「わたしの新刊」

初期のラフスケッチのテキストが載ってる。

火のあるところがいるところ
翳って光れ 狼の目玉
廻れ 転がれ 石のつぶて

11/13/2021

自転がはじまる。途中の劇場

 






















突然だけど、人形劇をやってみたい。
思い立ったらはじめてみようと。

nakaban×山口洋佑×川内有緒というこのチーム。面白そうでしょう?

はじめてみたら人形劇が最終到達点になるのか、それすらもわからないこのわくわく感w
このプロジェクトは続きもので、まずは楽しいopen studio的展示を。
どなたさまもお楽しみください。

「自転がはじまる。途中の劇場 and then, the rotation begins at the theater of on-going」

東京都渋谷区恵比寿1-7-6陸中ビル1F
11.23 tue - 29 mon  2021 
14:00-19:00
企画運営:MOVE Art Manegement
宣伝美術:高野美緒子


11/10/2021

グランマ・ゲイトウッドのロングトレイル



カバーの絵を担当させていただいた。
原著は"Grandma Gatewood's Walk"
ハイカーにとってバイブル的な書。
67歳になってアパラチアン・トレイル(2050マイル)を歩いてみようと思い立ち、
ありえない軽装備で踏破してしまった伝説のおば様の本である。


「グランマ・ゲイトウッドのロングトレイル」
ベン・モンゴメリ著 浜本 マヤ訳
尾崎行欧デザイン事務所:装丁

山と渓谷社 刊
2021.11.17発売 2,640円

11/08/2021

8.Novembre





絵本をとじると、ダーラナとおなじように、
きみもわたしも、こころを澄まして風景と話すことをはじめる。
ほら、この暗闇の中にいても、だんだんとこわいものが、なくなっていく。
その、こわいものがなくなってしまったあとの、ぽっかり空いた明るい点を見つめてごらん。
いまというときに無関心ではいられなくなり、あたらしい旅をはじめたくなるから。

11/01/2021

1. Novembre


トークイベントの機会は滅多にないけれど、この11月は高松と広島の2カ所でお話をさせていただくことに。

11/7(日) 「画家nakabanはときどき絵本作家?」
高松市図書館主催 サンクリスタル高松 3階 視聴覚ホール 13:30~15:00
与えられたお題は絵本。壮大な絵本の世界について語る資格はないので、自分の絵本制作活動を振り返ってみようかと。
ご案内のフライヤー


11/20(土) 「そして誰も語らなくなった?」
詩人アーサー・ビナードと画家 nakabanにヒロシマのこれからをきく
F・C・L ひろしま主催  広島市留学生会館 13:30~16:30
申し込み先 090-2866-5422(佐々木) ←会期後はお電話番号削除予定。
アーサー・ビナードさんと対談。
このテーマついて話すことも滅多にないのでこの機会に

10/26/2021

26.Octobre



燕が南に飛んでいくのを眺めていた。
空中に描く孤が多層の波になって、こちらにも旅立ち前の高揚感が伝わってくる。
わたしの代わりに南に飛んでいく燕(うらやましー)。
でも燕たちが去り、わたしの視野から消えてしまうと、その眺めているわたしと燕たちとの繋がりの糸は絶たれてしまう。

鳥は世界の方々に星や風のことづてを伝え、だんご虫は黙って地面を作り続けている 。
じゃあ、「ひと」である自分の担当はなにか?
浅く眠りながら考えていたが、ふと、「きちんとさせること」という言葉が思い浮かんだ。

ほう、きちんとさせる〜。
あんた暮らし系ですか?
いえいえ…

むろん、鳥やだんご虫の特性すらをひとは持っている。
自分の意識は目に映る風景にひとしいからで、だれもがなんでも出来るからだ。
あるいはこうも考えられる…いま、身動きのできないわたしの代わりに、大きな領域や小さな領域をかけ廻り、遊んでくれているのが鳥や虫たちであるのかもしれない、と。 (そう思うことによって視野を拡げようとするわたしの無駄な努力w)

しかし、きちんとさせるというのはなかなかどうして「ひと」だけにおおきく付与された特性ではないか。
(実際は猫が毛繕いに時間を割くように、他の生き物もけっこうきちんとさせている)
きちんとさせるということは深くて、それは、誰もみていないところでそれをするということに関係していて、高貴な遊びなのである。

きちんとさせるときには注意したいことがある、整えるなどと言いつつ他の存在を傷つけたり憎む気持ちを持っていてはいけない。(つまり、ゴミ掃除の時にそのゴミを憎むなど)
行為の透明度が鈍るからである。
だから高貴という言葉を使った。 

絵を描くときは一種の画面という箱庭の中でそれをしているような気がする。 
とくに油彩には失敗を更新しながら整えるという一面があるが、そのときに失敗を憎まないことが同じように大事で、失敗したときにチッと舌打ちをするような状態だったら、わたしは描くのをやめるようにしている。
その箱庭の中ですることは箱庭の外部に影響が及びそうな気がして、ひそかにこわいのである。 もしかしたら長い間飾っていただくかもしれない絵だと思うと尚更である。

描くことに何かの目的とか望みがあるとするならば、品よくありたいというものがいつも第一で、そういうことって、結局自分が気取った態度を取りたいだけなのかなあ、と考えていたが、寝ぼけながら思い浮かんだ「きちんと説」をかんがみるに、ここにはもっと深い何かがあるのではないかと思うようになった。 まあはっきりとしたことは見えないんだけど。

ある友人はガラが悪くて品がいいというのが一番良き態度であると言っている。
その友人の店で年末に展示します。

10/09/2021

9.Octobre



金沢。
本日は« Tentopathie »

10/07/2021

niti-guのRoll On

 





屋久島の宮之浦フェリー港にあるお店 niti-gu (日具)のオリジナルのRoll Onである。
である、ってえらそうに言いながら、わたしはRoll Onというモノがなんなのか最近まで知らなかったのだけど。
というか実は今も理解していない。
素肌に転がし、素敵な香気を発生させる装置のようだ(合ってる?)。

ユーカリ系の野性味と洗練味の合わさった一品。最初は柑橘系かと思ったけれど。
このラベルに使われている図版はniti-guのリニューアルの際に制作させていただいた版画「川を遡(さかのぼ)る子」が元になっており、お店の看板にも使われている。

この子が川を遡ると原始の森が生えてくる



10/05/2021

4.Octobre


ひとが会話するときの唾は2メートル飛ぶようになっているらしい。

このことから、まずマスクというものが必須になり、それから他人との距離を2メートル取りなさいとか、
飲食店の切符売り場のようなアクリル板とか、黙食?とか自宅勤務とかをやるようになった。

そもそも、自分たちの身体が唾(情報)が2メートル飛ぶデザインで設定されているのはなぜなのか?
という大きな問いからなんだか人類全体が目を逸らし続けているような気が、わたしはする。

この奇妙なルールが流行する前は、ひとは他者の唾のみならず、さまざまな季節を知らせる自然界からの粒子、
摂取しすぎたら危険な毒物の破片、などなど、つまり環境からのさまざまな情報をシャワーのように浴びながら、
瞬間ごとに自分と環境との関係をアップデートしてきたのだ。

たしかに唾が飛ぶとかいうのは不潔なイメージがあるのかもしれないが、やはりそれは生き物として必要な仕組みの一部だったのだ。
動物の、例えば猫とかは子ども猫を舐めまくっているし、ひとの赤ちゃんも色々なものを舐めて学習するではないか。

しかし今はそういうのはとにかく怖いから触れたくないと。
感染症の怖さにパニックとなり自分の周囲を何もかもを嫌っているわけである。
そのようなことをやればやるほど、アップデートが滞ることによって、遷移し続ける世界の「今」から乗り遅れることになり、
自分の生き物としての力は衰えていく一方なのではないだろうか。

ところで、自分はどこまでが自分の領域なのかと考えたことはないだろうか?
わたしはいつもそんなことばかり考えている。

「それは自分の皮膚の内側に決まっている」

まず、この答えが返ってきそうだ。

では、自分の着る服はどうか?
「もしかしたらそれも自分のうちに含めてもいいかもしれない」

では、自分の周りの大切な本や道具のある空間はどうか?
自分の作る料理や撮る写真、絵はどうだろうか。
眺める景色とは、主観的に見えるものであるが、どうだろうか。いったいどこまでが自分だろうか。

などと進めていって、なんとなく、わたし個人は何も注意を環境に向けない状態であっても、
自分の周囲2メートル、合計4メートルの球の内側は常に自分の一部である、ような気がするのだ。
(欲張り?でも本当は見える風景が全部自分だと思いたい)

だから、旅をすると自分の周囲4メートルが新しいものに触れて置き換わっていって、
旅先で色々なものに出会って出発点に戻って来たときには、自分の一部がどこか生まれ変わってしまっているというような感覚をおぼえるのではないか。

つまり、ここで何が言いたいかというと、ウィルスの件で自分の周りが全て汚れているのではないかと恐れて、「嫌う」ということは、
無意識に自分自身をも呪い続けているような、気づかないうちに自らの魂を萎縮させている状態であるのではないかと思うのだ。
意識という視点から眺めると、それは大きな危機ではないかという心配を感じてしまうのである。

この世界の現状はルール過剰となる一方で、個人はより小さな型の中に部品のように押し込められようとしているのはもはや明白で、
でもこの状況だったら仕方がない、とみんな あきらめている?

そこから抜け出すにはどうしたらいいのだろう、とそろそろ考えるときだ。
このような話はすんなりわかってもらえないと思うけど、自分的にはここはかなりこだわりたいと思っているのだ。

9/27/2021

Umitaro ABE and nakaban presents « Tentopathie »





Umitaro ABE and nakaban presents « Tentopathie » 

金沢で開催されるイベント「市役所の第二本庁舎でゴミのことなど考えるマーケットしてみます」(http://otomekanazawa.jugem.jp/?eid=534)にお誘いいただき、かねてから画家・nakabanさんと企てていた秘密のパフォーマンスが実現します。その名は「Tentopathie=テントパシー」。会場に現れるテントの奥で、音楽家と画家が、あなたに合わせて音と画材を調合いたします。ええ、それは絶えて久しき藝術療法。たったひとりのための、そしてほんのひとときのパフォーマンスです。


・日程:2021年10月9日(土)
・会場:金沢市役所第二本庁舎(金沢市柿木畠1-1)
・料金:1人1,000円(ハーブティー付き)
・時間:前半 12:00~ /後半 14:00~(整理券配布時にご希望の時間をお選びいただきます/お一人あたり5分程度)
・協力:橋本建築造園設計、mogo

*当日10時より、会場の金沢市第二本庁舎にて整理券を配布いたします。
*先着順でご希望の時間をお選びいただき整理券をお渡しいたします。
*整理券は前半と後半それぞれ定員に達し次第、受付終了となります。
*お選びになった時間帯(前半=12:00~13:20頃/後半=14:00~15:20頃)の間、会場内で待機の上、順番をお待ちください。
*料金は整理券と引き換えにお支払いいただきます。


…..

金沢 10月9日。阿部海太郎さんと。
「テントパシー」という未知の職業を掘り起こしてしまった。
18~19世紀に、ある種の藝術療法のようなものが存在したと私は信じていて、実在の可否はさておき、それら歴史の間に消え去ってしまった何者かへのオマージュである。
今回、藝術の都「金沢」の、さまざまな魅惑の露店の中に紛れこませていただき、
天幕の中で、お一人だけのために、限られた時間ではあるが、特別なひとときを演出させていただく。
世界最小のあっという間のコンサート、ティーサロン、音楽室、アトリエ。

9/24/2021

24.Septembre



稲妻を見たら「稲妻は上空にだけあるのか」と言うことでしょう。
そうではありません。
夏のあいだじゅう、植物が受精するとき、草原、森の至るところに稲妻が光っています。
そして私たちのなかで、いつも稲妻が走っています。
稲妻が走るときに見られる現象が、内的に私たちを貫きます。
私たちの思考が、私たちの内なる稲妻なのです。

(ルドルフ・シュタイナー 「人体と宇宙のリズム」 西川隆範 訳)


R・シュタイナーは抜群に冴えていたと思う。

【concept】は「考え」だけど、【conception】になってくると「受胎」と言う意味になるのだ。
アイデアとは、目に見えない、内的な微小の稲妻を束ねたもの。
このアイデアは自分が生み出した、などと自慢したくなるが、やはりそれは世界からの贈り物にすぎないのだろう。

植物の根や葉脈、菌類、河川、動物の神経、毛細血管…
稲妻に相似しているものはやっぱり呼応していると言うことなのか。
子どものころから不思議だったよね。

みなさんは内的な「通電」を良くするために何かを心がけているだろうか。
(わたしは、特にない 笑)


一つ、余計なことを書くと、現代人がデジタルデバイスにがんじがらめになってしまうのは、やはり自分の内的な「稲妻活動」をサボりたくなり、それを身代わりでやってくれるように錯覚する存在があるものだから、そこについつい甘えてしまうせいなのかもしれない。


9/22/2021

22. Septembre



mRNAワクチンを打つと遺伝子組み替え人間になってしまうかも?

という一般人の心配は「センモンカ」に早々に冷笑的に否定されて、あのワクチンは世界中で打たれまくった。
しかし素人の予感が当たるかもしれないこともあるわけで、ここにきてRNAの逆転写が本当である可能性が出てきたようだ。

ヒトRNA逆転写酵素シータ 
https://youtu.be/mgJRvptJqSU

RNAの逆転写が起こると一時的な傭兵のはずだった、スパイク・プロテインその他公開されていない何かがずっと体に居座ってしまうかもしれない。

「そんなことあるわけない」
そう断定したその時点で、その人物は科学を捨てて政治と商売の下僕に成り下がっていると疑われても仕方がない。

聞いたところではフランスなんかではワクチン10回分のスタンプ帖があるらしい。
ワクチン接種を終えたひとも「まだ」1回2回なのでこれ以上は打たない方がいいんじゃないかな?


9/15/2021

「ダーラナのひ」

 


11月にできる絵本(偕成社:刊)で、いまは色校正をしているところ。
この「ダーラナのひ」は焚き火の絵本。

焚き火という主題に導かれ、心に去来する物語を書きとめながら、自分がほんとうに願っていたことがらに触れたと思った。その願いのコレクションは、もし誰かほかのひとなら、きっと笑ってしまうくらいに地味なものの集合体で、でもそれは確かに自分にとってなくてはならないものという手触りであったのだ。そういうものを可能な限り絵本に書(描)きたいと思った。

さて、ダーラナの焚き火のことを、絵を描きながら追体験しただけでも、涙目になるようなあの煙たい灰にさらされ、頬が火照ってくるような気がしたものだ。(取材で焚き火をしたのだが、その後数日、煙の匂いが頭髪から抜けなかった。あれは良かった)

火が勢いづいて炎となり、日常ではあまり聴くことのない、あの炭素のはじけるすてきなノイズの音楽が去っていくと、その後に静かな火との対話の満ち足りた時間が訪れる。
ここがどこであってもどうでも良くなってしまうような、そのなつかしさをわたしは他に知らない。自分が決して知らないはずの、祖先の辿ったであろう旅路に立っているような錯覚。

もしかしたら、あなたやわたしはずっと旅をしていて、いま現在のここもまたいっときの野営地に過ぎないのであり、旅の道は果てしなく遠くに続いているのではないだろうか。

なんて、心が遠くに行ってしまいそうなのでこのへんで。
まだできていない絵本なのに、あれこれ書いてしまった。
11月に本屋さんで見かけたとき手に取っていただけたら嬉しい。


8/31/2021

Subsequence 04

 


畏友、I 編集長のつくる雑誌 Subsequenceも4号が発売になった。
まんが [Tangible & Visible] が続いてる。


8/28/2021

28.Août


畑や鉢植えなどで植物を育てはじめた人が多い。
すごく多くいらっしゃるのだ。このことに何かあるなと思う。

土は癒される、気持ちを落ち着けてくれる。そして自分で育てた野菜はおいしい。

そういうふうに、ひとは言う。

土は混ぜたり捏ねたり、耕したりするときに、つい夢中になって、心がどこかに飛んでいくような、そういう感覚が心地よい。冷たいような暖かいようなあの手触り…。むかし、小さい頃は好きだったのに、いつの間にか汚いと思うようになっていた土と一体化するその感覚。

土って、長い時間をかけて降り積もった死骸のかたまり。
それなのにあまり怖くないのはなぜだろう。
あるいは手のひらにちょこっとの一グラムあたりに百億の微生物のいる魔境なのに、気持ち悪いと思わないのはなぜだろう。
自分もいつかは死骸や灰になって土になってしまう。今のうちから付き合ってみましょうか、というような時間旅行のような感じなのか。

そしてもちろん、日々育つ植物の見せてくれる驚き。伸びる枝。
朝起きると枝が昨日よりもぐんと伸びている。
夜の間、たくさんの枝の成長点は星の位置を指さしている。
でも星は動くから、星に憧れる植物もねじれるように成長する。実は人間の身体もそうなんだけどね。

そうやって植物を見ているけど、やっぱり土こそを見ている。概念的にも物理的にも、はるか高いところから見たらわたしたちも街もほとんど土と同一に見えるかもしれない。

気持ちわるい虫をみつけて、潰そうと思い、ふと自分がその虫であるかのような気がしてしまい、やっぱりやめておこうか、と思いとどまったり、「土目線」で遠くからやってくる少し強い風を感じたり、明日の天気を予想してみたりする。

明日のことまではわからないけど、せめて午後は晴れたらいいなと祈り、果たしてそういう祈りはまさか通じるのかしら?と密かに試すように雲の様子を眺めてみたりする。
いろいろと気にしなければいけないことが拡がって、それでも楽しい。自分の輪郭が確実に拡がっているなと感じる。

そんなふうに熱っぽく書くと、わたしは畑でも始めたのかと思われるかもしれない。わたしは果樹の鉢植えを育てている。気がついたら、あはは。100鉢くらいになってしまって。

初めはおいしいフルーツやきれいなお花を育てるという損得勘定ではじめたのに、いつのまにか、そうじゃなくなっているのだ。これは絵を描くことに似ている。つまりわたしにとってはとてつもない面白みがあるのだ。だから100鉢。あはは。

絵の具は土から出来ているし、土の親戚のようなもの。
混ぜたり捏ねたり、耕したり。どんなふうに絵が育つのかわからない。
浅薄な「意図」は自然への冒涜になるような気がして、それを慎んだ方がいいのか、それともやはりなんらかの手を講じた方がいいのか、そのさじ加減にまつわる判断も理屈ではなんとも説明できない。

それでもわたしは何か、確たる根拠があるかのように、突き動かされるように手や身体を動かしている。鉢植えで植物に触れるときも、絵を描くときも、絵のストロークのひとつでも、そうしなければどこかに進めないとでも言いたいかのように。
形而上の話である。別にどこかに行かなくてもいいはずなのに行こうとする。その原動力は「突き動かされ」。
それって何なのだろう。

7/14/2021

14.Juillet











挿絵の作業が続く…のでちょっと寄り道。
バターみたいに塗るだけでどうしてこんなに面白いのか。
明日が楽しみだ。

というわけで明日の自分に伝言で、

1)左の山の形がいまいち
2)地面に雲影を試すこと
3)空をさらに白くすること
4)絵には描かないが、海岸までの距離を明確にすること(吹いている風の質)

7/12/2021

12.Juillet

 


La façade ouest (west front)

7/11/2021

"At NIGHT" expo vol.2

 



7月13日(火)~7月31日(土)
Calo Bookshop and Cafe

※7/18(日)・23(金)~26(月)は休
※7/19(月)は19時まで臨時営業 最終日は17時まで。

13日から、この春に制作したアートブック"At NIGHT"の原画展が大阪のCaloに。
"At NIGHT"の原画とブックのページとを見比べていただく展示。
その原画としての絵は5月のmanomanoでの展示のときにありがたくも何点かが売れてしまったので、その連作として4点ほど新たな絵を描いてみた。(それを口実にまた"At NIGHT"の世界を歩きたかっただけかも)

しかし、今展の主役はなんといってもアートブック。
端正な手作業による美しい仕上がりの本"At NIGHT"を、ぜひ手に取っていただきたい。


なお本展と直接関係はないが、会期中の23 24日にCaloでわたしも過去にたいへんお世話になった製本家の都筑晶絵さんの製本WSが行われるようだ。
世界各地の現場で製本の仕事をされている都筑さんの教室だ。とても得難い時間になると思う。
こちらもぜひどうぞ。

協力:studio manomano

7/09/2021

雨花のけもの


演劇のフライヤーの絵を描かせていただいた。

少しだけ台本を読ませてもらったけれど、すごく引き込まれた。
8月の本番はどんな舞台になるのだろう?
「さいたまネクスト・シアター」の最終公演。

「雨花のけもの」

会場 彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
作: 細川洋平  演出: 岩松 了
出演: さいたまネクスト・シアター


7/06/2021

6.Juillet

 

Williamsburgの絵の具は一度使ってしまうと最後、この絵の具でないと、というフェイバリットがいくつか出来てしまい、切らしてしまったら悲しい…と思いきや、机や引き出しには他にもあれこれ百花繚乱のメーカーのチューブが散らばってあるのであって、そんな些事も忘れて描き続けるのだけど、ふとした時にやっぱりあの色のチューブがあったらなあ、と絵を描いてる最中でなく電車の中や食事中に思うこともあったりで…。
色にこだわりのない自分にもほんの少しだけならあるのかと。
久しぶりにBlickArtで注文してみた。
色によってはすごい値段のもあるけどわたしが必要なのは安価なほうの色だ。
Williamsburgはアメリカの絵の具メーカー(golden社)で日本には入っておらず、どこかの画材店が置いてくれると嬉しいのだが。

6/22/2021

22.Juin




今が旬だ!
 

6/12/2021

12.juin


広島・本通りの「傘のフクマ」さんと一緒にオリジナルの傘を作っている。
先日試作品が届いたところ。
手に持ってみると予想外に軽い。しかしもちろんつくりはしっかり。
日傘としても使えるだろうが、撥水コーティングが施され、雨傘としてつくられている。

雨の日の外出に持ち歩くことのできるカラッとしたプライベート空間のような傘にしたくて、中庭をイメージした絵を描いた。
この傘に名前をつけてあげるとしたら、、

"Tiny Courtyard"

7月、8月には出来る?お店をのぞいてみてほしい。




6/07/2021

7.Juin



『見えないものを探す旅    旅と能と古典』

安田登:著
矢萩多聞:装丁
亜紀書房 刊 2021年6月2日


カバーの絵を描かせていただいた。
日常を表すモチーフを探すうち、草花はどうかと思いつき、摘んできた蓬を描いた。
絵を装丁家に送ると驚きのトリミングに。
気配に満ちた空間。これはかっこいい。



5/26/2021

26.Mai

いつもお世話になっている、広島の84(はちよん)での企画展 MAROBAYA展のお知らせ用にシャツの絵を描かせていただいた。こちら

あ、もう会期中だ…。ごめんなさい。

たのまれて、MAROBAYAのシャツの絵、いいねー、と言いながら描き始めたものも、なかなか感じが出なくて…そうだ、原寸で描かなければこのシャツの良さが出ないのだ、と気づき、大きなロール紙を取り出した。滅多に描かないとても大きな絵になった。84さんが会場で飾って下さっているかも?

服にそんなにこだわりのないわたしだが、MAROBAYAのシャツは、ほぼユニホーム並みの頻度で着ている。

一度着てみると気持ちがしゃんとするので、誰もがその良さを感じるだろう。


5/23/2021

23.Mai




というわけで、名古屋にて、新しい本に対面。

本になると、その本の内側だけの独特な時間が生まれる。
時間は感知することの集合体で、つまり空間だから、みえないけれど本当には何らかの場所であるかもしれない。
だからその「立ち止まり感」を自分で味わいたくて、小さな広場の絵や何でもない通りとか街角を描くのが好きで、この本にもそんな絵がぽつぽつと入ってる。

本になると全てのページが不思議な関連を持ち始めるので、その場所をイメージする力がより色濃くあらわれてくる。
でも、理屈でどうこう言っても、やっぱり完成するまで、誰にもわからない。
それがどんなところなのか。
旅と同じように、新しい本を開くときの、その時間=場所に迷い込む瞬間がたまらない。
この本はとてもいい。

装丁からプリントディレクションまで、大活躍の溝田尚子さんをはじめ、関わってくださった方々の経験と知識がこの一冊に入ってる。

5/20/2021

expo and new book "At NIGHT"




10周年を迎えた名古屋のstudio manomanoで個展 "At NIGHT"
2021.5/21 fri - 5/30 sun   12:00-19:00

会期中の休み5/27   
〒464-0850 名古屋市千種区今池1丁目18-20 伊藤ビル1F

*

今回の主役はアートブック「At NIGHT」。
ブルーとブラックを基調にこんなに?というくらい暗めにした。
その本自体が夜のオブジェのようなものにしたいというのが最初に考えたことだった。

その暗い画集の中でも、かなりダークな真夜中ここに極まれりという数ページがあって、どうなってるかなあ。
先月印刷作業を見学させてもらった。目視と勘と、手作業の部分の多いリソグラフ印刷、大変そうだった。
でも色調と版のバランス(二色刷りなのである)がばっちりはまると、素晴らしい印刷物になって息をのんだ。
これが本になるってすごいことだ。

わたくし拙者、22日と23日の土日は在マノ予定。
リソグラフ・プリントの「At NIGHT」とその元になった一連の絵、表現の二つのあらわれを楽しんでいただけたら。







5/17/2021

17.Mai



厚生労働省のホームページ

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18527.html

ここの上から6番目のリンクに、現時点での「お注射」の副作用がまとめられている。
「お注射」を心待ちにし、その順番になれば大歓迎するに違いない母や叔母にこのページを印刷して見せるつもりだ。

わたしが何を言っても見せても情報が怪しいから、と言われることも多いので、天下の厚生労働省の傘下にこのページがあるのはありがたい。

200ページあるので2000円のコピー代か。
それを紙の束にして2000円かかっちゃったぜー、と言いながら蛍光ペンとセットにして渡す。

mRNAワクチンの安全性は確立されていないこと、動物実験の失敗のこと、その動物たちの死因となったADEのこと、最近になってわかってきたスパイクタンパクの逆効果的な振る舞いの機序も伝える。

アメリカでは歴史上の過去20年のワ…お注射全ての死者の合計(4182人)をこの数ヶ月のコロナお注射による死者が上回ったことも伝える。

次に予想されることとして、「お注射をうたないと世間へのご迷惑になるから」という会話に、多分なってしまうのだけど、、

お注射をうったケースの方が何故か感染が広がっているという事実があるわけで、その方々にあるデータを集める。例えば、このYouさんという方のnoteがよくまとまっている。https://note.com/you3_jp/n/nf9f0d31e0edb

そして一番大切なこと、それでもお注射を打つワ、と言われたらどうするか。
うーん。こういった自己犠牲よりも、まず自分が健康に生きていくことが一番の世の中のためであるという基本を確認するしかない。

人はそれぞれの目的を持ち、生まれて死ぬまでの美しい旅路を歩いているのだから、その旅路に薬害のような不慮の中断はあってはならないと思っている。

もしその基本が外圧によって否定されるなら、今という時代は、結局戦争の時に学んだことをすっかり忘れて、退化してしまった社会状態である。そうみなされても仕方がない。


テレビや新聞の専門家とか、世間の社会正義派(?)の発言のみだと、この件に関してはなんとも一方的に感じてしまう。
感染症や同調圧力による恐怖が判断を狂わせていると思う。
母や叔母には色々とみてもらって、その上で、自分で判断していただこうと思っている。

5/04/2021

4.Mai

 


今日は萩市に来ている。
ランテルナムジカの久々の公演「カンパネーロ」。

4/28/2021

Live stream archive

 NyaboSsebo & nakaban - November and Cadencia

Nyabo Sseboの「11月とCadencia」
先日の東京・代々木上原 hako galleryでのLiveから。
この動画はほんのさわりであり、完全版は74分!

有料版だけど映像のプロフェッショナルによる特別な映像でライブを楽しめる。
わたしのドローイングを上から撮った映像も。
5/1までの限定公開。





4/27/2021

27. Avril

5月は名古屋 studio manomanoで個展「At NIGHT」。
アートブックと絵、二つの形となる特別な展覧会。
わたしが密かにコラボレーションを熱望していたデザイナー溝田尚子さん。
彼女の手により、みるみる形になっていくこのアートブックは、タイトルの通り「夜」をテーマにしたもの。ブルー、暗い、真夜中、が好きなわたしの本の中でもなかなかの深度の夜を閉じ込めた一冊となりそう。リソグラフという印刷機で限定部数で印刷される。
studio manomano10周年特別企画。

4/13/2021

Lanternamuzica カンパネーロ・鐘を打ち鳴らす人





ランテルナムジカ復活!

楽しみ楽しみ。
福岡のギャラリー望雲さんによる、萩でのイベント。
山口県萩市内にある200年前の町家、俥宿天十平での望雲・移動ギャラリー展覧会を中心にライブ、超うまいレストランMICOURIERの食事会、超かっこいいイチリヅカシューズの靴のオーダー会などのイベント盛りだくさん。
ライブ部門はランテルナムジカの他、baobabの出演の日 (5/2)も。

5/4(火) 19時開演(18時半開場) 前売¥3000/当日¥3500


詳しくはこちら







4/06/2021

NyaboSsebo & nakaban 音と幻燈の演奏会 "ponto nodal"

 


うわー。嬉しい。
Nyabo Sseboと久々にライブを行うことに!
会場は東京の hako gallery.

Sense of Quiet presents

NyaboSsebo & nakaban
音と幻燈の演奏会 "ponto nodal"
4/24(土)@hako gallery


会場での生ライブと配信があり。
チケットについては、上記のリンク先をご覧いただけたら。ぜひどうぞ!



4/04/2021

4.Avril

 

屋久島のお菓子屋さん やくしま果鈴のパッケージ。

illustration: junichi koka (!)
moji: nakaban

AD&design: terumi takaku_niid design

さて、この包装紙の中にすごく美味しいものが入っているような気がする。
家で食べようか、それとも一人で楽しむか、でもパッケージがちょっと良くて開けられない。

3/28/2021

28. Mars


"torres novas"

3/22/2021

Eテレ怖い絵本


3/26(金)午後9:30〜10:00  Eテレ怖い絵本
「悪い本」「はこ」「ことりぞ」

再放送
4/2(金)0:00〜0:30<木曜深夜> Eテレ


小野不由美さんの「はこ」が番組に取り上げられる。
「はこ」は怖い話だからなあ。

自分の身に起こることとしては、こういうのが一番怖いから、起こってほしくない、と子どもの頃からイメージしていたことがある。
(それはさいわいにしてまだ起こっていない。)

1)自分の生活圏のすぐ近くなのに、絶対に戻ってこれないエアポケットに落ちる。
2)他の人がすぐ近くにいるのが自分には見えるのに向こうからはわたしは見えない。助けを求める声も届かない。
3)その特殊な空間で死ぬこともできず、歳を取れないで、ずっと永遠に白い空間に閉じ込められている。

そういう感じ。

それとは少し違うかもしれないけれど、それと近い怖さが小野不由美さんの原作にはあって驚いたのだった。だからわたしには30年分以上の予行演習があったので、絵本の絵を描くとき、頭に浮かぶ映像をなぞるだけだった。


3/18/2021

18.Mars アサノタカオ随筆集『読むことの風』刊行記念展 @スロウな本屋




お久しぶりの更新。

明日から岡山の「スロウな本屋」でアサノタカオさんの「読むことの風」原画展。
原画は非売だけど、オリジナルの絵を3点販売。

Titleは
「greek glass in blue」
「morning light」
「english daisy」

コップの絵は写真撮るの忘れた…

佳きたたずまいの本「読むことの風」をぜひ手におとりください。

アサノタカオ随筆集『読むことの風』刊行記念 nakaban 装画・本文イラスト原画展
日 時:3月19日(金)- 4月11日(日)11:00–19:00 火曜、第2月曜定休(最終日は17時閉店)
場 所:スロウな本屋 / 岡山市北区南方2-9-7


3/06/2021

6.Mars

 


描きかけ。
光線の条件が重なり、カップの影が緑色に見えたとき、少し驚いた。
このvietri社のcucina frescaマグカップは気に入っていて、実は一箇所割れているのだけど膠で接着して使っている。
そしてうっかりそこにお湯をかけてしまうと、膠が溶けてそのパーツが取れてしまうのだ。






3/03/2021

3.Mars

パスツールの言いはじめた細菌理論は、ほんとうは根拠の弱い理論なのに、この150年栄えている。

その理屈を元手に、製薬会社の利益に誘導されるように、ずーっとずーっと、医学というものはわたしたちを騙し続けているのではないか、という疑いが拭えない。

わたしも、お母さんから、学校の先生から、手を洗いなさい、、と毎日言われ続けて育ったので、それを疑うこと自体に躊躇させられる。海外ではマスクをしていない人は警棒で殴られ、投獄される。

けれど、学校の先生も、親も、そして医者も病気になりやすくなるから、加工度の高い食品をたべないように、とは言わない。薬ののみすぎに気をつけなさいとは、言わない。そっちの方がよほど病気(状態)に近づく原因なのに。

実は、わたしはパンや菓子などの練る系の食べ物を食べる場合、作る人が調理前に石鹸で手を洗っていたらその石鹸の味がわかる。実家に行くと家中に漂う洗剤の匂いで気分が悪くなる(ランドリールームだけでなく家中の範囲で、である)。消毒のせいなのか、新幹線やブックオフも体調を崩す。こんなに敏感なのも考えものだが、要はあらゆるものが化学薬品に汚染されているということなのだ。

加工食品を作るメーカーが大事にしているのは、残念だけど、消費者の健康ではなくて、製品の品質維持で、要は出資者である株主の機嫌である。

そのような当たり前の指摘を、すぐに陰謀論だ、と貶める人が多い風潮であるが、そういう人は株式会社という仕組みのない夢の世界に生きているのかもしれない。

医者は、せっかく勉強して築き上げたキャリアが崩れてしまうので、自分で自分に暗示をかけている。この理論に間違いはない、と。

その証拠に、診察室で、医者の意見に異を唱えると、彼らはものすごく怒るらしい。バラバラの数人の実体験として聞いた話である。しかしこの細菌理論を脅かす生物学の発見というのが一方にあるのであって、それを医者はどのような気持ちで眺めているのだろうか?

繰り返すけど、医者が本当に人助けをしたいのであれば、食品添加物や農薬とか、電磁波とか、歯磨き粉のフッ素とか、さまざまな毒をもっと本気になって指摘するはずである。であるが、それをしない。業界から咎められ、学会から追放されるのが怖いからである。だから医学は本当は人助けだったはずなのに歪められている。

たまに、怪我をしたら消毒をするな、とか、常在菌を守ろう、というようなタイトルの新書が書店で売れることもあっても、文庫の野口晴哉の本が売れていても、いざ、今のような戦時下で自分が恐怖に囚われてしまうと、そういうひとたちの意見というのは結局なかったように忘れられてしまう。だからほんとうの読書というのはじつは難しく、あれは読書ではなくてただの気晴らしだったのか、ということになる。

細菌理論で現状を照らしてみるならば、私たちは「穢れて」いて、すれ違うあの人も穢れているので、敵対しあっている。レストランでは家族同士なのに透明なアクリル板で仕切られたりしている。どこかに連行される捕虜のように見えて仕方がないマスクの必須化。今、社会は何もかもが個人の生きることへの自信喪失につながる暗示に満ちている。

このようなルールにがんじがらめの、社会の末期状態を抜け出す方法のひとつは、あの細菌理論を疑うことではないだろうか?

この毒だらけの社会の中で、毒を摂取しながら生きている現実を見ないで、ただ細菌やウィルス(そもそも本当にあるのか?)だけを犯人扱いするなんて。その「治療」と称してさらなる毒を身体に入れるなんて。

当の医者が細菌理論を疑ったりすると、薬を卸してもらえなくなったり、研究資金を途絶えさせられたり、海外だと物騒にも殺されたりするようだ。

だからむしろ一般の人たちが自分なりに調べて考えることがだいじである。もちろんわたしのように細菌理論を疑うのでなく、信じる方向で検証するのでもいいだろうし。

とにかく、コロナのことでも、テレビやネット上の専門家(多くは製薬会社からの献金によってその発言にはバイアスがかけられている。参照)の言ってることを丸呑みしているだけだったら、ただ、騙され続けたままで、そのひとの人生はむなしく終わってしまう。

2/28/2021

28.Février

 



柘榴も育てている。
けれどその柘榴の苗はずっと細身のままで、全部足してもこの八百屋で買ってきた実のひとつの重みにも敵わない。
(柘榴の実って、結構角ばってるのね。そしてほんとうに重い!)
いつか自分で収穫できるようになるのだろうか?
柘榴のつぶをサラダや焼いた肉に散らした料理を写真で見たことがある。あれはかっこいいのでぜひやってみたい。

2/18/2021

17.Février

 


二月の光がひそかにグラスに落ちていた。
この水を春までとっておいて植物にあげようと思っている。

2/17/2021

17.Février

photo: blackbird books



本日から大阪・豊中のblackbird booksでアサノタカオさんの「読むことの風」原画展
2/17(wed)-3/7(sun)

良き佇まいの本にあやかってコップの絵の旅団が旅している。
一点新しい絵が増えた。

blackbird booksには新大阪から街とは反対側の北方向に御堂筋線に乗って行く。緑地公園で降りて歩いて行く。
初めてお店にお邪魔したとき、Wunderのレコードがいいとこに飾ってあって、初対面の緊張感が解けたのを思い出した。

店主の吉川さんのブログ「本とわたしを離さないで」は言葉の真摯であることや生活や出来事、会話の中で出会った不可視なるものの質量、手ざわり、そのかけがえのなさを思い出させてくれる。だからこその吉川さんの軽やかさなのか、blackbird booksではエッジの立ったポップカルチャーの紹介にも力を注いでおられ、わたしなんかもあれこれ夢中になってしまう。そうしていると、こどもたちが漫画を買いにくる、というような、近所の人が羨ましくなってしまうほどに理想的な本屋さんなのだ。



 

2/14/2021

14.Février

MONKEY Vol.23(switch publishing)
掲載小説の扉の絵を描かせていただいた。こちら

レイチェルクシュナーによる「大きな赤いスーツケースを持った女の子」というお話。

他のイラストも力作ばかりで大変刺激になるものばかり。

個人的に好きなのは古川日出男さんの連載「百の耳の都市」。
いにしえびとが憑依したような文章が面白い。

2/08/2021