長く降った雨と高温の晴天の繰り返しで、植物がのひ放題。
春に植えた花々の苗はすっかり土着の植物たちに呑み込まれてしまった。
大量の漆喰塗りや文章仕事が多くて絵をしばらく描いていなかった。漆喰は塗る満足感かあったので、それもある。でも、絵を描いていないと、どこか落ち着かない。
ブランクが開いてしまうと絵に向かうのがこわくなる。急に絵というものがどこか遠い高尚なものに感じられ、どうせうまく描けないのでは?という気持ちがになってしまうのだ。よくない傾向である。
そういうときは、絵の具のチューブを無目的にしぼり、強制的に何か描き始めるのがよい。
その「何か」がわからないんだ、と自分のカケラが問うが、その「何か」はすでに近づいて来ていて、わたしの身体の周辺、空中に浮遊している。それが筆を持ち、手を動かすことで画面に定着される。
実際、絵は楽しくて「あーこれだ」という嬉しさがすぐにやってくる。しかしどれだけ長く絵を続けていても、この楽しさの感覚が身につかない。好きなことほど、ためらいが起こるようにわたしの心はプログラムされているのかもしれない。
モチベーションは座して待っていても生まれなくて、何かを始めると湧き上がってくるのだ。それは焚き火の火と同じで、最初のマッチのひと擦りが、すごく小さなことなのだけど、その瞬間の前と後では全てが変わってしまう。どのように発火させるか。
それだけを考えるとよい。
