3/26/2016

3/26


展覧会始まりました。
是非。

3/22/2016

3/22

デッサンを描いて送って、あとは僕を送るだけに。

いろんな仕事と仕事の合間にそれこそ隙間のように時間を見つけてデッサンしていた。
ドラマチックなモチーフはなくてすべて仕事場に転がっているものを描いた。
密度のあるデッサンも多く描いたけど、それなら油彩すればいいかなと。
進めるうちにすかすかのへなへなな線画になって行った。

紙と鉛筆による一見古風な絵の一形態。
僕にとっては今でも有効のように思える。
決心は挫くものであるがデッサンは続けたい。
なぜなら、一つのもののヴァリエーションを描き続けることの楽しさはちょっと他では味わえない。
ヴァリエーションをいくら作ろうが違和感は拭えないままだ。
違和感がなくなるということはきっと無いのだろうな。
僕でも絵に描くその対象でも無いその中間地点を永遠に彷徨うことこそが見て描くことであるからだ。違和感の筆触を絵に運ぶように。

24日は初日なのでウレシカさんにいます。
ギャラリーも白いしデッサンだし白さの気持ちいい展覧会になりそうだ。
あ、でもときどき外の空気吸わせてください。
よろしくお願いします。

nakaban

3/20/2016

dessins




デッサンは本人にとっては実験に満ちた世界だ。
実験の結果は描き終わった瞬間にカルトンに片付けられるものになる。
あるいはまれに「商品」となる。そのことを書く。

ピカソはデッサンがぞんざいに扱われると激怒したという。
乱暴な指により紙に折り目がついて、余分な視覚情報が付加されるためである。

つまりひとつには、こうだ。
離れた所からみるとデッサンは風通しの化身である。
紙は紙でなくなり、線は線でなくなる。そうなったときに風が通る。
君の部屋に、脳にだ。
その絵が飾られると君の部屋に白い穴が開いてもっとひろくなるような。
僕もそういうのが描けるようになりたいものだ。
(かように判りやすい線画でなく絵の具で描いた絵とかはどうだろうか、そのことはまた考えてみたい。)

僕は最近流行のシンプルライフ、とかミニマリズムとか、サードウェーブ男子 笑とか、ばかにしていない。
その気持ちがよくわかる。
きもちをどうでもいいことに向けたくない。
それもエゴだと思う。それでも詩に近づくのならいいことだ。

朝の金のひかりや夜の青い沈み。
そういう無形のものに感謝を捧げる。
ただ、そういう気分になるということは、モノを作って売るということが「業」になってくるってことなのだろうか。
これはおもしろい現象だ。
(しかしモノにも光は当たり、夜は訪れるのだが)

ただ、じゃまモノがなにも無いそういう「くらし」に憧れながらも僕は自分の部屋には李禹煥やマチスのデッサンとか、ニコルソンのモノクロームの絵くらいは飾ってみたいたいものだと思っている。

僭越ながら自分の引いたへなへな線のデッサンでもいいとおもっているのだよ。
でも自分のはちょっと違うかしらん。
ま、このモノのあふれた時代「商品」としては風通しを重視するのもいいのではないか。

だが、しかしである。
そういうのとやっぱり違う地点にあるものが絵画なのである。
だからあえてデッサンを人前にだしてみたいなと思ったのだ。
絵画はやっぱり「くらし」とは関係ない。

nakaban

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nakaban 個展「dessin」

2016年 3月24日(木)~4月11日(月)
火曜休み open:12時~20時


〒167-0042
東京都杉並区西荻北2-27-9
TEL:03-5382-0599


http://www.uresica.com

こちらも

https://jp.pinterest.com/nakaban/dessin


3/06/2016

3/6


久しぶりに絵本のことを。


あかね書房の落語絵本シリーズに加えていただき、古典落語「ぬけすずめ」を題材にお江戸な絵本を(5月下旬刊)。
締め切り間近で進行中。

今ではコンピューターも画材の一つであり、ピカソがもし現代に生きていたらMacで絵を描いていただろう。(でもすぐに飽きてしまうかもしれないけど。)
それではデジタルならではの楽しさは何だろうかと考えて作業していた。
いろいろ思うこともあるけど、その前にとにかく締め切りだ。
この絵本ももう一年近く「描いて」いて、永遠に終わりがこないのではないか、と思っていたけど、そういう作業もいつかは終わりが来る。
トラックパッドをずっと撫でていても指紋って消えないものですね。




3/04/2016

3/4


旅の途上の路上に立たせてくれるのが「絵」。
いい気分。
ここでもそこでもない場所をつくる。
自分の心の持ち方次第でカビ臭い監獄にもできるしきもちいい風の吹く丘にもできるんですな。
おそろしい。

さて仕事のほう…いろんな人にいろいろお待たせしてる。
少しづつ。
マルチタスクは効率的ではないと言われるが、それぞれの熟成は成されるのできらいではない。
人の役に立てることは素直にうれしい。
いったん忘れてもいいんだよ。
おっと。良くないだろ、って声が聴こえてきます。

2/16/2016

2/16







冬の毎日。
ただ毎日を楽しみ…と書こうとして、楽しみという考えすらもう要らないんじゃないかと思ってしまう。
今までそうだと思っていた、そうではない別の知るべき事がいっぱいあって、探そうとしなければこそ、それは見えてくるのではないかと思う。
ぬくもりややさしさの果てにある風の吹く野原だ。

今の僕の(ささやかだと思う)関心は持っているいちど画材を全て使い切ってしまうこと。
捨てるのではなく、使い切る。
でも使っている画材と言えば鉛筆一本だったりMacだったりするのでどうにもなかなか減ってくれません。

nakaban


2/08/2016

2/8

描きかけの洋梨。
それぞれ角度を変えて昼と夜。
めりはりを自分が思ったほど付けない方がよいように思う。
お皿の白さやテーブルの色。影の付け方。
料理の味付けにも似た工夫が要ると思う。

2/02/2016

2/2



1/27/2016

dessin

自分にとって一番大事な道具は何かと訊かれると「鉛筆」と答える。

線が描けるから。


近作の鉛筆デッサンをいくつか選びPinterestに投稿したので覗いてみてください。○

nakaban

追記:
あまりよくわからず投稿してしまったけどPinterestのアカウントを作らなければページをみられないのか。
発表方法を再考します。

1/11/2016

本屋 Title が open


photo: 齋藤陽道

本屋 Title

オープン。
新しい町の本屋さん Title。
私のしごとはロゴデザインでした。
町にとけ込み、長もちする丈夫なロゴを心がけました。

でも…

手書きの看板の文字を間違えてしまい、店主氏に修正させるという大ボケを。
きちっと塗りに行きます。

東京に行く楽しみが出来ました。
お店は荻窪です。

*

そして偶々ですが今またあたらしいとある本屋さんのロゴを制作しています。
場所は「松本」とだけ言っておきましょう。こちらも楽しみ。

nakaban