「暮しの手帖」の表紙の絵を描かせていただいた。
初夏のいい風の吹く庭を想像しながら制作。
庭で休憩する誰かが眺めている?
あるいは垣根にとまった鳥の視点かも。
同じ構図で夕暮れバージョンも描いた。
夕暮れのほうもいい感触だったけど表紙にするにはさすがにダークだった。
"Recanto"
先日、こども図書館で絵の先生。
果物を描いたのだけど、果物の下に色紙を置いたのがポイント。
反射光が意外と物体に影響を与えているね。(手のひらを色紙にかざして観察)
一つだけ覚えて帰ってほしかったのは、その「物」には周りの色が思った以上に映っているということ。
意識をモチーフに集中するのはよいことのようで、その周りが見えなくなってしまうかも。
りんごいろ、みかんいろ、それらは便利な言葉だけど、思い込みの原因でもある。
少しづつ自由になっていこう。
本を読むという体験も、ぺージの中だけではなくて、その周りの環境が大切。
広島の川に囲まれた、美しい公園の中のふたつの図書館を移転して、駅近のビルの中に入れてしまう計画があるのだけど、わたしはもちろん反対。
さまざまに課せられたルールがある。報道や出版物はもちろん、他のひとの意見、どう暮らすか、何を着て何を食べるべきか、そして世間の雰囲気に至るまで、これらはみな政治で、これに深入りすることは、本来ひとつである自分と世界との間に「不純物」を挿入すること。
コンセントを抜けば消えてしまう、ネットの会話の中で、何かこのひどい世界のために、と願いながら、そのひとの心の寂しさは、うめられない。
その得体の知れない不純物につけ入られ、本来の感覚を鈍らせ続けている。
ひとは大人になると、感覚をきらめかせる機会を永遠に後回しにし続けるのだろうか。
自戒を込めて書いてみた。