objet
その響きそのものに合理的思考からの逃走をかきたてるようなアート原点のパンク感があるようで気になって仕方がない。寺村さんの本によればsujet(主観)の反対がobjet。そして「投げる」というラテン語。
objetは解釈とは交わらない地点にあるものであって、卑近な例で言えば商業主義や馴れ合いとは無縁の凛とした部分。何者をもよせつけないのだ。 超かっこいい。
わたしもまたモノが好きで好きであれこれ集めてしまうのだが、その理由はフェティシュなことなのか将来のための資料としてなのか、もはやわからない。けれども他ならぬ自分自身のモノとの付き合い方の軽薄化に問題を感じていて(つい自分が「所有」していると思ってしまい、見る目を曇らせてしまうのだ)モノとの付き合い方を考え直したいと悩んでいる。モノに対しては本来のそれと対峙する緊張感がほしい。でもどうすればよいのか、絡まる解釈の糸は簡単に断ち切れないほどに強いもので、答えはなかなか見つからない。
今、objetとはどういうことかを考えることは、モノとの関わりの行き詰まり感の突破口になるのではないだろうか。




