抽象表現
たくさんの空想上の風景を描きながらも関心は印象の新鮮味だった。
それならもっと印象と直結した抽象というものに素直に向かってもいいのではないか、という気持ちが芽生えてきた。
なぜなら今日の気分、朝の気分、水の味、聴こえる音、というのは、具体的なかたちのあるモノの映像が始めから心に起こるのではなくて、そこに視えるものはまず、仄かな色面であったり、ゆらぎのあるパターンであったりするからだ。
またそれ以上に大切なのは、絵はそれ自体がそのような印象を作り出せるということだ。
絵が、みるひとにどこにもない、そのひとだけの新しい印象を想起させるように作用する。
その効力(と罪深さ)を思うとき、抽象といわれる表現ならではの表現をつくることができるかも、という手応えをつかめるような気がする。







