自分の絵の中では風景と風景は相互につながっている。
飽かずに風景を描き続ける限り長い旅をしていることになる?
絵を観てくださっている人も良かったらご一緒に。
昨日までのcaloさんでの展覧会で絵を購って下さった方への感謝の言葉。
良かったら。
今回の展覧会は旅先の絵だったが基本的にはスタジオでは空想の風景を描いている。
どこでもない風景を描き続ける意味。
はっきり言ってそれは子どもじみた妄想ではないのか。
つまりいわゆる中二病であり自分以外には意味の無い行為なのではないか。
あるいは空想の世界と現実のどっちがえらいのか。
現実の世界こそは空想に含まれたものではないのか。(語彙力がなくて)
風景というものがもっとも輝いて見えるのは移動している時である。
その逆の静止の極に絵がある。その意味が何かあるんじゃないかとか。
2月には「窓から見える世界の風」という本が出るのだけど、著者の福島あずささんの本でもあるに関わらず挿絵が多く絵のあとがき的な文章の頁を戴いた。
テーマが「風」で「窓」なのでこことばかりに風景を好んで描く理由をちらっと書かせていただいた。
この「世界の風」はなかなかの本なのでまたすぐに紹介させて頂こうと思う。