わたしはある本のための文章を書いている。
まだスタート地点なのだ。
夏ばてしそうな暑さ。
わたしは納豆を買ってきてマーマイトを混ぜて食べる。
美味しくないけれど身体が美味しいと言っている。
マーマイトの味のキツさが納豆菌で覆われてマイルドに。
ブロッコリーのスプラウトを乗せるとより完璧だろう。
アトリエはサバイバルの場なのかもしれない。笑
8/02/2019
7/27/2019
『ランベルマイユコーヒー店』原画展
「ランベルマイユコーヒー店」原画店を東京、渋谷の文化村のNADiff modernで開催。
その場所は、90'sに上京した頃から憧れの場所(そのころは別のお店だったけど)だった。
特に二階の不思議な空間。見下ろす眺め。
二階に絵が飾られるとのこと。嬉しい。
特に二階の不思議な空間。見下ろす眺め。
二階に絵が飾られるとのこと。嬉しい。
日~木 10:00 - 20:00
金・土 10:00 - 21:00
Book Shop: NADiff modern
150-8507 東京都渋谷区道玄坂2-24-1Bunkamura B1
TEL. 03-3477-9134
7/23/2019
7/20/2019
ランベルマイユコーヒー店

「どこかのさびれた駅前のイメージなんです」
オクノさんはそうおっしゃっていた。
京都の食堂「ユーゲ」の夜更けのテーブルで「ランベルマイユコーヒー店」のことをお聞きしたときのこと。
ゆったりと風景を眺めるなら、そこには心的空間をたっぷりと含む時間がある。
たとえば、この「ランベルマイユコーヒー店」の詩によって描かれた街角の陰影とひかり。
かならずしも、ただコーヒーの香りだけを指すわけではないであろう、ひとそれぞれの「朝の香り」。
そのような朝に未だ眠たげな「夢見ていたひと」の前に差し出されるコーヒー。
やっぱりいい詩だなあと思う。
わたしは詩のよい読者とは言えないけれど、風景のよい読者でありたかった。
以前から風景の「見え」に関心があり、風景の絵ばかりを描いてきた。けれど最近このころは次第にその風景を形容する「ことば」が次第に無視できないものになってきた。ことばはとても大切だ。
ことば(特に「詩」とよばれるもの)を読むことと風景を眺めることは似ている、というどころかほぼ同じ。それがわたしの実感。
それが誰かへのかたちのない贈り物になるというのがよい。
そのように思うわたしにとって絵とことばを繋いでくれるのが「本」。
本というものがあって良かったと思う。
昨年その名も「ことばの生まれる景色」という本を作った。今もその青い本を持って全国を旅している。風景、ことば、本。そんな日々の中で、そのようなことをますます考えている。コーヒーを手にしながら。
さて、絵本のこと。朝のコーヒーの香りとともに遠くから聞こえる鉄道の音は、いつの間にかここ広島を巡る路面電車の音と馴染んでしまった。
詩の中の「深い香りのコーヒー」。飲んでみたいなあと焦がれるうちに、それはなんとなくcafeではなくkaffeとかkoffieと綴られたもののような感じがした。ベルギーのブルージュ(オランダ語圏)やドイツのリューベックのような中欧風のまちがこの絵本に描かれているのはそのためである。そしてもちろん京都のまちのことも思いながら絵を描いた。
オクノさんのランベルマイユのまちを好き好きに散歩するように描いていったのがこの絵本。
でもやっぱり「六曜社みたいだね」と言われたりするのが嬉しい。
*
「ランベルマイユコーヒー店」
オクノ修:詩 nakaban:絵
装丁:横須賀拓
2019年7月20日 ミシマ社/ちいさいミシマ社 刊
B5変型判32P
2019年7月20日 ミシマ社/ちいさいミシマ社 刊
B5変型判32P
7/18/2019
18. july
雨が続く。
いま、とある仕事が終わらなくて困っている。手数。
困っているというのはふがいない自分に対してだ。
それは完全にデジタルの作業なので、このデバイスが壊れたら半月分の仕事がなくなってしまう。
慌てて自分に添付メールを送る。いや、クラウドにアップか。
クラウドが雨を降らせる。
雨音は風変わりな時計のように焦りを演出する。
でももうすぐ完成だ。
トンネルの向こうに行きたい。
時々油絵をさわる。
7/11/2019
「ちいさいミシマ社」
ちいさいミシマ社 7/20 創刊
「ランベルマイユコーヒー店」はちいさいミシマ社の創刊タイトル。
「ランベルマイユコーヒー店」はちいさいミシマ社の創刊タイトル。
ずっと作りたかったこの本を出版していただいたことと、「ちいさいミシマ社」の新しい試みがどのような波紋を投げかけるだろうという関心。
いち早く手元に届いた「ランベルマイユコーヒー店」は小ぶりながらインティメートで落ち着いた仕上がり。
例えるなら(例えさせてほしい)どこか海外の旅先でふらっと入った書店で見つけた本。
飾らないけど洒落ていて、本が好きなあの人へのお土産にもう一冊買ってしまうような、そしてそれを渡すときに、言外にいい本見つけたでしょ?と誇りたくなるような。
そういう感じの仕上がり。
ブックデザインの横須賀さんのおかげだ。ご期待。
ブックデザインの横須賀さんのおかげだ。ご期待。
7/09/2019
7/05/2019
5. july
先日の名古屋、バブーシュカの個展の会場で、展示した「夕日」という絵に小さな傷をみつけた。 おそらくわたしが慌てて堅牢に固まっていない油彩を包んで会場に送ったためだろう。
その絵は下げて貰おうかな、と思ったけど、せっかくの描いた絵なので、もし購入される方がいらっしゃったら修復します、と伝言をしてそのまま展示していただいた。
そうするとなんと、ありがたいことにその絵を買ってくださった方がいた。
今日、広島の仕事場で少しの緊張感とともにその絵を修復した。
ここにあるけど、もうその絵はその方のものであり、それだけでその絵は周りに転がっているあれやこれやの絵と違って見える。
言うなればちょっと余計に良いものに見えるというか。
きっとその絵はそのひとによって祝福されたのだと思う。
そして絵を描いたわたし個人は他の売れなくて戻ってきたあれこれの絵というのがまた、このころとても愛おしく感じ、祝福したくなる。(やり方はわからないけれど)
7/03/2019
リスボン

リスボンでのスケッチの時間を思い起こしながら描いた油彩。
遠くにエストレーラ聖堂のドームが見えるからあの辺りか。
ふむふむ、と今でもすぐに思い出せるのも街でスケッチすることのいいところ。
その場所を記憶するには別にスケッチではなくても良くて、ギターを弾いたりハンバーガーをほうばったり、でもいいかもしれない。
スマートフォンの写真じゃない方法で旅を記録する必要があるだろう。
写真だったらローライのような二眼のカメラ。
光子を心に焼き付ける。とても記憶に残ってくれる。現像代がとてもかかるけど。
ふむふむ、と今でもすぐに思い出せるのも街でスケッチすることのいいところ。
その場所を記憶するには別にスケッチではなくても良くて、ギターを弾いたりハンバーガーをほうばったり、でもいいかもしれない。
スマートフォンの写真じゃない方法で旅を記録する必要があるだろう。
写真だったらローライのような二眼のカメラ。
光子を心に焼き付ける。とても記憶に残ってくれる。現像代がとてもかかるけど。
いま、誠光社、ON READING、ブックショップカスパールで少部数販売していただいている。
ペソアが実際に使ったタイプライターも描いている。青一色の単色刷り。
ペソアが実際に使ったタイプライターも描いている。青一色の単色刷り。
7/02/2019
2. july
梅雨らしい雨も少なかった6月の最後の日は大雨。
気まぐれで京都のちょっと北寄りの地下鉄駅で降りて、ご飯を食べて、ずぶ濡れになりながら寺町界隈を抜け、レティシア書房に向かう。ドアを開けると田頭由起さんによるうつわの展覧会がひらかれていた。異国への憧憬を育ててくれる文様もとても素敵なうつわたちだ。このレティシア書房の壁で(明日)3日から「ことばの生まれる景色」の展覧会が行われる。搬入には立ち会えないけれど、よろしくお願いしますという気持ちを伝えたかった。お店の本棚…好きな本がたくさんあったし探している本もみつけた。
店主の小西さんは本のことはもちろん、音楽も大にお好きな方だった。私も絵を描きながらのブリティッシュフォークが好きなんです、と伝えると飾ってあったバート・ヤンシュの「avocet」をかけてくださった。このレコードは素敵なアルバムで、本・中川さんでもかけてもらった思い出の一枚。たしかに本読む人に寄り添う音楽だなーと思う。小さな音で聴いてもいいし大きな音でも。
たとえばそんなふうに寄り添う本を作れたら。そういう存在に憧れるけれど、狙ってできてしまってはいけないような気もしていて、私はこれからも闇雲に行こう。などと考えながら寺町界隈を戻って、いつの間にか雨も止んでいて、京都の誠光社の「旅するブックシェルフ」の展示設営に取り掛かる。
堀部さんの誠光社で展示ができるなんてよく考えたら光栄だなと思う。
私にしてはおおきな45センチ角の板絵を壁いっぱいに。2012年頃のサーカスのような展覧会の再上演。
「インド夜想曲」「島とクジラと女を巡る断片」A.タブッキの作品を絵にしたものが二つもあって「贔屓」している感じがする。タブッキの好きだったペソアの「リスボン案内」もあるし。タブッキというよりポルトガル贔屓だったのかな。
辻山さんと堀部さんによる書き下ろしの解説もつき、長く居て楽しんでもらえる展示になったのではと思う。これらの絵はもうさすがに当分展示する機会もないと思うから、多くの人にみていただけますように。
限られた時間だったけれど、二つの本屋さんを巡って、本の世界を流れる川の流れのようなものにあてられて目眩がしてしまった。でもそれは心地良い目眩だった。
時が来たら自分もまた本を作りたいなあ。
そんな気持ちに発火させられてしまった京都だった。
そんなこんなで広島に帰ってきてしまったけれど「ことばの生まれる景色」のための二つの展覧会、どうぞよろしくお願いします。
「ことばの生まれる景色」レティシア書房 ●
「nakabanの旅するブックシェルフ」誠光社●
気まぐれで京都のちょっと北寄りの地下鉄駅で降りて、ご飯を食べて、ずぶ濡れになりながら寺町界隈を抜け、レティシア書房に向かう。ドアを開けると田頭由起さんによるうつわの展覧会がひらかれていた。異国への憧憬を育ててくれる文様もとても素敵なうつわたちだ。このレティシア書房の壁で(明日)3日から「ことばの生まれる景色」の展覧会が行われる。搬入には立ち会えないけれど、よろしくお願いしますという気持ちを伝えたかった。お店の本棚…好きな本がたくさんあったし探している本もみつけた。
店主の小西さんは本のことはもちろん、音楽も大にお好きな方だった。私も絵を描きながらのブリティッシュフォークが好きなんです、と伝えると飾ってあったバート・ヤンシュの「avocet」をかけてくださった。このレコードは素敵なアルバムで、本・中川さんでもかけてもらった思い出の一枚。たしかに本読む人に寄り添う音楽だなーと思う。小さな音で聴いてもいいし大きな音でも。
たとえばそんなふうに寄り添う本を作れたら。そういう存在に憧れるけれど、狙ってできてしまってはいけないような気もしていて、私はこれからも闇雲に行こう。などと考えながら寺町界隈を戻って、いつの間にか雨も止んでいて、京都の誠光社の「旅するブックシェルフ」の展示設営に取り掛かる。
堀部さんの誠光社で展示ができるなんてよく考えたら光栄だなと思う。
私にしてはおおきな45センチ角の板絵を壁いっぱいに。2012年頃のサーカスのような展覧会の再上演。
「インド夜想曲」「島とクジラと女を巡る断片」A.タブッキの作品を絵にしたものが二つもあって「贔屓」している感じがする。タブッキの好きだったペソアの「リスボン案内」もあるし。タブッキというよりポルトガル贔屓だったのかな。
辻山さんと堀部さんによる書き下ろしの解説もつき、長く居て楽しんでもらえる展示になったのではと思う。これらの絵はもうさすがに当分展示する機会もないと思うから、多くの人にみていただけますように。
限られた時間だったけれど、二つの本屋さんを巡って、本の世界を流れる川の流れのようなものにあてられて目眩がしてしまった。でもそれは心地良い目眩だった。
時が来たら自分もまた本を作りたいなあ。
そんな気持ちに発火させられてしまった京都だった。
そんなこんなで広島に帰ってきてしまったけれど「ことばの生まれる景色」のための二つの展覧会、どうぞよろしくお願いします。
「ことばの生まれる景色」レティシア書房 ●
「nakabanの旅するブックシェルフ」誠光社●
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