1/04/2020

4. Jan

殊に冬季は油絵具の乾燥が遅く、気分任せに絵を触っているうちに3色くらいの絵具が混じり合って似たような色になる。
要素の形だけが描かれ、モノトーンの写真に近い状態の、ここまでの作業結果が画面的にも発想的にも絵の土台のようなものなので、そこからいったん離れる。
だから仕事場には乾燥を待つ途中の絵がたくさんある。
このような小休止を経由するというのが油彩の良いところではないだろうか。
その時間にこのまま思っていた方法で進めて良いのかどうかを考える。

そして、時間が経てば重ね塗りができる状態になるのだが、そのときはもう下地を作っていた頃の気分ではない。
よってその絵を進めるとすれば、別のコンテキストの形や色が割り込んでくる。
そのことによって絵の中に違和感が生まれるということは嬉しいことだ。もちろん新たなる不安でもある。
ウインドアイという小説に描かれていた別次元への窓のようなものが絵に開くわけである。
しばらくの間その違和感を眺めると、より高みにある調和を目指すことになる。
一つずつ階段を登っていくような作業。
登るだけでなく降りることもある。
油彩は塗り重ねるものなのでundoができる。(しかし浅はかなストロークをふるった記憶を表す埋没したマチエールまではundoできないのだが)


絵の完成は何処なのかを探るが、真剣に考えているわけではなく身体任せなところがある。
完成とは階段の頂上まで昇ることではなく、途中の踊り場でやめるという状態のことが多い。
良い眺めとは必ずしも「頂上にて」とは限らないからである。

年から年中それをやっている。今年もきっと。

12/30/2019

30.dec

わわわっと。
こもって絵を描いていたらもうこんな日こんな時間に。
個人的な習作なので何の締め切りもない。
なのに焦燥感が、とてもある。
でも掴んだ。少しだけ次のところに行く鍵を。
ほんの少しだけだ。
鍵は掴んでもすり落ちてしまうだろうか。
少しの勇気を足して絵具に混ぜるんだ。
休憩中はコーヒーにも混ぜろ。
次のところに行けばその鍵は潔く捨てよう。
持っているものは自分という存在だけ。
自分のあらゆる動きをしっかりと見ること。
絵はそれとイコールの存在だ。
とても単純だ。
勇気が要る。

12/20/2019

20. dec








最近、絵具が楽しい。
チューブから出した絵具に触れずして触っているような感覚があって、その性質の違いを味わって描けるようになった(今頃かよ)

絵具というものは先ず「色」だ、という先入観があって、抽象的に見てしまう。なので実際のフィジカルな顔料と油の練り物であるということを意識しないでこれまでやってきたような気がする。
メーカーによって結構手触りが違うのだ。butteryと表現するそうだがバターのような滑らかな筆触の絵具は天国にいるかのような幸せになれる。でも硬い絵具を固い筆でザクザクと潰すのも嫌いじゃない。

そういえば特別な鮮やかさのある色がいくつかあって、それらの絵具はwilliamsburgというメーカーのコバルト系など高価なものを使っていて大切にチマチマ使っている。虎屋のようかんを切るような感じ。そのせいもあるがそういう特別色ってワンポイント使用なのでチューブの残量があまり減らない。もっと使った方がいいと思う。
たまには大胆に背景の大面に鮮やか色を使ってみるのもいいかもしれないな。

今は黒の絵具がほしい。本当の黒というのも鮮やかさとは無縁のようでいて実は鮮やかさが必要なのではないだろうか。なかなか良い絵具が見つからない。黒ではなく、あるメーカーのカッセルアースやペリレングリーンなどの方が黒を感じたりする。黒を作るために濃いブルーとアンバーを混ぜたりもする。良い絵具を探している。


12/15/2019

「岐路の前にいる君たちに」

鷲田清一さんの式辞集「岐路の前にいる君たちに」。
「君たちへ」ではなく「君たちに」。
一文字違うだけで本を実際に手渡す感じがする。

表紙の絵を描かせていただいた。
見晴らしのよい場所に立つために(しかしそこすらも通過点でしかなく)歩くひとを。
「岐路」って大人になって死ぬまで続くので、一生ものの本になるかも。


本屋さんに並ぶのは19日頃。

朝日出版社刊
装丁:鈴木千佳子

12/12/2019

糸杉とねずみのハンカチ


swimmieの新しいハンカチを制作させていただいた。

ツイルのラフな透け感もうつくしい「CYPRÈS」は荒野に立つ糸杉の絵を図案に。
ピクニックに持っていくサンドイッチを包むのにいかがだろうか?



そして、あざやかに黄色い「USE IT OR LOSE IT」は干支のねずみをテーマにしたハンカチ。
自分で言うのもなんだけどとても可愛い。
それでいてコラージュの紙のモノ感まで再現。
トムとジェリー世代なのでチーズが主張している。

swimmie銀座店ほか、お取り扱い店で手にとっていただけたら嬉しい。

nakaban

12/09/2019

9. dec



夕暮れ時、橋の上で。

12/08/2019

8. dec


一昨日のこと。
Macから音楽を聴こうと再生をしたら、いつものピアノ曲が違って聴こえた。
とにかく音程が異様に低く、それも歪んで再生されているのだ。

「おやや。スピーカーがとうとう壊れてしまったのか」
と思いipadの音源を鳴らす。
おかしい。これもいびつに聴こえる。
CDPを再生して、ようやく壊れているのが自分の耳だということがわかった(笑えない)。

今は問題が収まったから書くのであるが、ピアノ曲は調がわからなくなるほど歪んで聴こえ、音階が不揃い。ほぼ、シェーンベルクの音楽のように無調。
中域の和音は口琴の音のように跳ねて、その情緒を失っている。
そして低域に至ってはほぼ聴こえない…。
歌ものを聴いてみた。
一人で歌っているはずのセザリア・エヴォラがおかしな音程でハモっている。
とにかく違う惑星で聴く音楽のようなのである。

これは、音楽がもう楽しめなくなるのかーと悲しくなった。

しかしあることに気がついた。自分で歌ってみるとどうも普通に聴こえる。
そのほか全ての音は明瞭に聴こえて、何も問題ない(ように思う)。
無意識に自分が合わせて狂わせた音程で歌っているのか、とも疑ったが、どうやら機械から出る音だけが自分にはおかしく聴こえるようなのだ。(そして、医者からもそういうことがあるのだと言われた)

病院に行き診てもらう。あれこれの検査の後、結局ストレスと睡眠不足という診断がくだされた。自分では楽しくすごしており、ストレスフルな生活をしているつもりはない、と言ったが、それでも身体には影響が出てしまうのだ、と。

そのとき興味深いことを聞いた。心身の傷とは別の、自分の聴こえの認識的な部分のことである。
認識の変化一つで音楽なども違って聴こえるのだと。
違う惑星で聴く音楽のようだ、と書いたがこれも音階の中の音程の、本当の意味での不均質であること、とか歌の倍音的なハモりなどは今まで関心がなかったから、それがたとえ在ったのだとしても、さほど気にかけて居なかったのであって、それがこの「小事件」がきっかけで気になりはじめたのだ、とも言える。最初に出会う違和というものは大きく拡張されて感じるものである。

その後、原因を知って安心したのか「わたしの音程」は少しずつ戻ってきた。
今は街をながれるクリスマスソングを普通に聴いて胸をなで下ろしている。
しかし自分のイメージする音よりは低く、とろみを加えたように聴こえているままだ。

それが正しく聴こえている、という確証もないし、症状(?)が現れる以前の今までの聴こえが正しかったのだという確証もまたない。

ただ、音楽が聴ける、音楽がある、ということのありがたみはより大きくなったと思う。

12/04/2019

11月のおわりと12月のはじめ、松本で。












松本に行ってきた。
歩き、
食べ、
茶をのみ、
話し、
灯し、
描き、
ギターを聴き、
水を眺め、
鳥と目を合わせ、
ブロッコリーの文を書き、
店を冷やかし、
祝い、
雨に濡れ、
鯨の骨に触れ、
ワインをのみ、
黄色い本と小さなフライパンを購って、
ページをめくり、
ストーブにあたり、
猫をなで、
別れ、
帰ってきたよ。

慌てることはあったけど、つまずいていないし風邪もひいていない。

栞日の菊池さん、本・中川のお二人、クチーナの西村さん、そして一年間あちらこちら付き合ってくれた植田真さんに、こんな素敵な仕立てで2冊の絵本を作ってくれた桜井さんに深ーい感謝を。


11/29/2019

「雪待つ部屋」



ああ、今年は20箇所以上を巡った。
そんな今年の個人的ラストライブは植田真さんと。
 明日30日、松本の「栞日」。
 「雪待つ部屋」と題し、冬の到来をその場にいるみんなで祝福する時間にしたい。

 ご予約は、こちら

 映像は先日の京都ライブの記録から編集したもの。

11/26/2019

栞日さんからの手紙


今回の紅茶は、
八ヶ岳の麓〈camino natural Lab〉の
上原寿香さんがブレンドしてくださいました。

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『みなとまちから』ブレンド
アッサム:ダージリン = 8:2

+ リンデン + オレンジフラワー + コーンフラワー


絵本の中の「ぼく」が店に入って飲む紅茶をイメージ。
ミルクとの相性もよいので、
展示期間限定の栞日の喫茶メニュー
(ストレートティー / ミルクティー)として提供。


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『とおいまちのこと』ブレンド
アッサム:ダージリン = 2:8

+ レモンバーベナ + ルイボス


絵本の中の「ぼく」が台所で淹れる紅茶をイメージ。
自宅でお楽しみいただく茶葉として、
展示期間中、本・中川の店頭で販売
(1箱10g入り=約5回分)。


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交差する物語の世界観を汲み取って、
ベースの紅茶(アッサムとダージリン)のブレンド比率を、
逆さまにしてくださっています。


先日、栞日にご来店くださり、
僕も一緒に味の最終確認をしたのですが、
どちらもオーソドックスな飲みやすさの中に、
ユニークな香りや風味が垣間見れて、とても美味しいです。
楽しみになさっていてください。


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とのこと。

業務連絡なのにその文面に詩的なものを感じたので許可を得て掲載させていただいた。

いや、起こっている出来事そのものもまた詩的というべきか。

お手紙に記された二つのブレンドと絵本の中にひろがる空間の響き合いを夢見ている。
松本での原画展は30日から。

冬を迎えた松本。「栞日」そして「本・中川」でお会いできましたら。