2018年7月22日日曜日

2018年に読む「ないた赤おに」

僕の初期の絵本に浜田広介の童話「ないた赤おに」がある。
ユトレヒトの江口さん、集英社のMさんとつくった絵本だ。

「泣いた赤鬼」は浜田広介の代表作とも言える有名なお話なので、多くの絵本が出版されている。
現在この集英社版の「ないた赤おに」を絵本の一つとして選んで頂き、その原画展が山形の東置賜郡高畠町にある浜田広介記念館で開かれている。
館の方から依頼を頂き、展示会場でのキャプションに文章を書かせていただいた。

久しぶりにお話を読みかえしてみたら今の息苦しい時代と通じる時代背景を感じたのだった。



2018年に読む「ないた赤おに」

 僕は今広島という街に住んでいる。
僕の仕事場の周辺には原爆ドームや厳島といった有名な観光地があり、外国人の旅人も多い。
彼らが路上で地図を手に迷っている風景もよく見られる。
そんな時僕は勇気を出して彼らに声をかけるようにしている。
自分も旅先では随分と地元の人に助けられているからだ。
 でも以前はそうやってひとこと声をかけることができなかった。
言葉が通じず、かえって迷惑をかけるのではないか、まちがえて嘘を教えてしまうのではないか、という心配があったからだ。
でも実は本当の理由は違うのだった。

 外国人が怖かったのである。
肌の色や目の色が違う、知らない言葉を喋っている。だから怖い。そのようについ考えてしまうのであった。
島国に育ちのせいでそうなってしまったのだろうか。

 恥ずかしいけど今でも少し話す時に緊張する。そんな時に僕はちょっとだけ「ないた赤おに」のお話を思い出す。

赤鬼と青鬼の友情にスポットが当たりがちなこのお話ではあるが、今回再読して驚かされたのは、この「ないた赤おに」にはその異文化との出会いの場面がやけに丁寧に描写されているという点にであった。

 村人たちがおそるおそる赤おにの家を訪ねる。すると、すっきりとしたインテリアの室内には油絵が掛かり、歓迎とともに美味しい茶や菓子を振舞われる(ちなみに、廣介がここで「油絵」を登場させたことは明らかに「赤鬼」を西洋人として設定したことを物語っている)。
村人たちは驚く。そしてこんな暮らしがあるのか、という驚きとともに異人であった赤鬼をその「暮らしぶり」から理解し、その心を受け入れるのだ。

 自分の知らない文化に触れることで、自分の内面にある壁が一つ一つ壊れて自由になれる。文化とは単なる娯楽と消費の対象に終わるものではないのである。

もう一度繰り返して書いてみる。「文化はひとを自由にさせる」

この頃はテレビやインターネット上では「日本はすごい」というニュアンスを感じさせる記事が多く、さかんに自己称揚に明け暮れているのが気にかかる。
その代償としてわたしたちはまさに、異文化への理解という心の自由を自ら手放しているように思える。

浜田廣介が1933年というあの暗かった時代に「ないた赤おに」を書いた。
今こそその意味に思いを馳せる時期ではないだろうか。



一部加筆訂正

2018年7月20日金曜日

20.july




2018年7月19日木曜日

なかた美術館で21日にランテルナムジカ


Lanternamuzica まもなく21日の土曜日。
場所は初めての尾道。
マエストロ・トウヤマさんのホームなのでアットホームなライブになるだろうか。
フライヤーのビジュアルは三田村亮さんの写真をさささっとコラージュさせていただいた。
はじめての「なかた美術館」。
開演は昼下がり14時から。

今リンク先をチェックしたらお客さんに豪華なおまけが…。すごい。

2018年7月16日月曜日

16.july


2018年7月15日日曜日

15.Juiy

物語と絵。
絵本を描くとき、そのどちらにもとらわれてはいけないような難しさがある。

絵本を手にしてくれるであろう誰かに今自分が確かに魅了されている「それ」を伝えたいけれど伝える方法は見えて来ず、うまく説明出来ないけれどある種の勇気を絞り出さないとそれ以前に逆戻りしてしまい結局「それ」がどういうものなのかも心もとなくなっている。「それ」はどういう手触りなのか、は仕事を進めないとフォーカスできない。

とくに作と絵を両方となると僕の場合はもはや絵の中でキャンプしたり舟を漕ぐなどしてひとつひとつ木の実を拾うように絵のその先と言葉を発見するしかない。
自分の無意識なんてたかが知れている。でも…

それで、この前の絵本『ぼくとたいようのふね』が出てから、ひと月になるので、ゆっくり自分でもめくってみたら、そうやって絵の中をさまよった記憶がやけに鮮明によみがえってきて驚いた。絵本の中の一場面の「あのページの絵を描きたい」という気持ちで絵本をふくらませて作ることは多いけれど、この絵本は欲張りにも、どの場面も潜り込みたい(描きたい)場面ばかりだった。そのせいだろうか。

先日、本屋さんに見に行ったらちゃんと目立つところに並べてくれていた。
とても嬉しい。
それでもう一つ嬉しいことがあって、隣には安野光雅さんの新しい『旅の絵本』(スイス編)があった。
僕の子ども時代、リアルタイムに刊行される…それを親が買って来てくれる…『旅の絵本』シリーズをめくってばかりの日々だったので、絵本というものは言葉のないものだと思っていたくらいだ。数年前に日本編が出た時に『旅の絵本』シリーズはこれで完結かなあと思ってしまっていたので新作のスイス編が出てるのを目にして文字通り鳥肌が立ってしまった。
安野さんのタッチがここに来てまた進化していて凄くかっこいい。

その隣にはみやざきひろかずさんの「ほんのにわ」という絵本があって、美麗な水彩の表紙に興味をひかれてめくってみたら職人的に仕立てられた絵本で、ちょっと昔の絵本に濃厚にあった気がするけれど今は失われてるよなあと感じていた憧れの品格が漂っていた。お話もすばらしかった。

たまには本屋さんに行かなくては。

それで、調子に乗って僕はまた新しい絵本を作っている。
次のが出来上がるのはいつになるのかわからないけど頑張って行こう。

2018年7月13日金曜日

13. july








15日発売の雑誌coyoteにて挿絵を描かせていただいた。

特集は「一瞬の山 永遠の山」。
「山の学校」案内人・執筆は屋久島の田平拓也さん。
山の学校の子どもたちと、屋久島の自然のことならなんでも知っている田平せんせい。
鉛筆でぐりぐりと描いた。
coyoteの絵の仕事はとても久しぶり。

2018年7月12日木曜日

12. July

心配のメールを多くいただき、かえって申し訳なく思うこのころ。
映像のインパクトも大きいけれどこちらは本当に大丈夫なので、ご心配なきよう。

でも、報道される首相周辺の政治家たちの行為に腹がたち、頭の血管が切れそう。
なので以下の事を「鎮静剤」代わりにメモしておこうと思った。



震災と言えば、ボランティア、メッセージ、送金などが「偽善」であるとかないとかがいつも話題になる。
被災者と繫がろうとする気持ちは被災者に対しての奇妙な逆甘えのような面があり、自己満足の面もあるのだから、つい僕も結局冷めた気持ちになってしまう。
でも被災者と繫がろうとする気持ちはやはり、人の心にそなわった助け合いの本能のようなものでもある。

声掛けやボランティアや送金は決して「偽善ではない」。
なぜ急に(いつも冷めてしまう?僕が)そう思ったのかというと、今回反対に、その思いを際立たせる、これは間違いなく「偽善」だな、と思うことが起こってしまったからである。
それこそは今この国の政治家たちがやっている行為である。

自身のブランド・イメージを落とさないためのアリバイ作りに熱心なこの状態。
あのみっともない初動の遅れという失態が世に知れ渡ってしまった後にマスメディアの前であのような「やってるふり」をしている醜さはもう見ていられない。

それとて、やらないよりは役にたつので良いのではないのか、という意見もあるかもしれないが、そもそもそのような態度で政治をやられると次の時にまた人が余計に死んでしまうのである。

今回は一連のそういう出来事のおかげで偽善という言葉の自分なりの定義が更新された。
だから自分はこれからはもう少し素直な気持ちで行動できたらと思う。

政治家のみなさん、気づかせてくれてありがとう。